SSブログ

コンサート無料ライヴ配信スケジュール [ストリーミング]

 当ブログをお読みいただいている方は、すでにご存知だろうとは思いますが、自分用のメモも兼ねて貼り付けておきます。
 今週末は同じ時間帯に京響とセンチュリー響の配信がありますね。どうかCOVID-19が収束したあとも続けてくださると、日程かぶりで片方のコンサートを選ばざるを得なかった人の救済にもなりますね。
 これらはあくまでオーケストラ自らが開催する「主催公演」で、この背後には何倍ものキャンセルとなった依頼演奏が無数にあるんでしょうね。ちょっとゾットする分量です。

nice!(0)  コメント(2) 
共通テーマ:音楽

無観客ライヴ配信:大フィル第536回定期、群響第556回定期 [ストリーミング]

 COVID-19の影響による、無観客ライヴ配信が続々と行われている。無料で見れるのは誠に申し訳ないと思いつつも、せっかくの試みを一人でも多くの人が聴くというのも意義のあること。遠慮なく楽しみたい。
 3月20日(金)は大フィル定期。指揮は井上道義。フェスティバルホールから。配信サイトはカーテンコール
Screenshot_20200322-165426.png
 当方、夜は8時以降しか体が開かないので、ライヴ視聴はストラヴィンスキーの『春の祭典』のみ。
 無観客ライヴ配信は京響、東響、山響、そして後述する群響と立て続けに聴いているが、大フィル・サウンドの個性というか『濃さ』は群を抜いている。大フィルは自分の思春期から聴いてきたオーケストラで、思いれも強いこともあって、「これこれ!これぞ大フィルやわ!」と思いながら聴いていた。腹に堪えるというか、一気呵成に鳴ったときの濃蜜なサウンドはたまらん。僕が最後に聞いてから4年以上経過していて、奏者の方々も多少入れ替わっているのだが、耳馴染みのある奏者の音も堪能できた。
 開演前の恒例、事務局の福山さんによるトークや、道義さんが案内するバックステージツアーまであったようで、アーカイブ配信が楽しみ。
Screenshot_20200322-114036.png
 3月21日(土)は群馬交響楽団の定期。FM群馬での生放送をラジコで聴いた(群馬県外からの聴取はラジコ・プレミアムへの加入が必要)。ライヴでは後半のエルガーのみを聴いたが、さすが大友直人の自家薬籠中のエルガー、素晴らしい演奏だった。群響のサウンドも繊細でありつつも、鳴らす場面では壮麗に爽快に鳴る。なんちゅーブラスセクションのレベルの高さ!第一楽章の中間部のポルタメントの気品あふれる色気と言ったら・・・本当に素晴らしかった。
 前半のシベリウスのヴァイオリン協奏曲をタイムフリーで聴く(これもラジコ・プレミアムへの加入が必要)。ソリストは荒井里桜。このソロには度肝を抜かれた。まだ20台前半だと思うけれど、彼女の音楽世界はすでに完成されていて、そこへ聴くものを引きずり込むような魅力にあふれていた。もちろんテクニックも申し分無し。今まで聴いたシベリウスのコンチェルトの中でも、上位に入る演奏。ブラボー!。僕がこの曲に出会ったのは、思春期の頃。第2楽章での荒井さんのピュアな演奏にその頃のことを思い出して涙が出た。
 そのまま流れでエルガーをもう一度聴く。やっぱり凄い演奏で、今日は第3楽章の迫力に圧倒される。このオーケストラを聞くことが出来る群馬の人が本当に羨ましい。

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

地元、あるいは国内で活躍する演奏家を聴いていこう [地元で聴ける演奏家の音源]

 COVID-19(新型コロナウイルス)によるイベント自粛は4月のコンサートにも影響し始めている。ルネスホールで開催される予定だった、カルテット・ベルリン・トウキョウの公演も中止になった。翌週11日の川崎翔子ピアノリサイタルはすでに中止が決定されている。
 どのみち、この年度末〜5月の連休頃までは、多忙になるのでコンサートに行けないことが多かったのだが、コンサートは開催されているのに行けない、というストレスよりも、コンサートそのものが中止になる落胆のほうが大きい。
 悩み事や心配事に頭を支配されて、寝るときでも頭からこびりついて離れない・・・そんなことは誰でもあることだろう。僕の場合はコンサートに行っていい演奏に夢中になると、頭の中がいい意味で真っ白に満たされ、その時間だけでも忘れることが出来る。「あそこに逃げ込めばいい」というシェルターとして存在してくれていたことが、こういう事態になってよく分かる。
 この1ヶ月ほど、その存立基盤が揺らいでいることは、通奏低音のように自分の心の中で不安を掻き立てられている状態。
 クラシック音楽の世界には、20世紀の偉大なる巨匠たちの名演・名盤の録音があり、オーディオ装置があればその音楽の真髄を感じることが出来るが、やはり今、活動している音楽家の演奏を聴く、ということの重要性を今回の騒動で再認識した。
 我々の鑑賞生活にリーチしてくれる音楽家たちの音源を聴き直し、また今後も積極的に地元に関わりのある音楽家の演奏の音源を購入して、感想を書くようにしたいと思う。
DSC_0178.JPG
 もっとも、一番購入したいと思っている岡山フィルの音源が、ほとんどリリースされていない、というのが残念なところではあるのだけれど。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

10年後に「あのコロナ騒動がターニングポイントだった」といい意味で振り返るようになって欲しい [クラシック雑感]

 岡山フィルの第63回定期演奏会の中止が決定となり、岡山でのクラシックの主要なコンサートは全滅・・・となった。
 
 払い戻しとなったチケット代は今年の賛助会員の会費に充てさせていただきます。
 岡山フィルは近年目覚ましい演奏成果を出しており、組織面でも充実させている途上だっただけに、定期演奏会を始めとしたコンサートの中止は大打撃だろう。それ以上に「リーマンショック以上」と危惧されている経済不況が現実化すれば、賛助会員企業の岡山フィルへの支援にも陰りが出るかもしれない・・・。これは全国のオーケストラやクラシック音楽家、ひいては音楽業界全体にも言えること。
 とはいえ、現時点での憶測で悲観的な話題ばかりしていても仕方がない。明るい材料を探すことにします。
 先週末は東西で中止公演がストリーミング配信され、クラシック音楽ファンのみならず、一般のニュースにも話題に登った。
 一つは『びわ湖リング』の締めくくり公演となるはずだった、ワーグナー『神々の黄昏』の無観客生演奏のYOUTUBEでの配信。
 僕はリアルタイムで見ることができなかったが、夜8時まで追っかけ再生が出来たので、ブリュンヒルデの自己犠牲の部分の一部だけ見ることが出来た。定点カメラのみの映像だったが、歌とオーケストラの迫力は胸に響いた。DVDが出たら買いたいと思っている。
 
 東ではミューザ川崎での東京交響楽団による第155回名曲全集の無観客生演奏のニコニコ生放送での配信。こちらは定点カメラ・ヴァージョンとカメラの切り替わるヴァージョンの2チャンネルでの配信となった。
 「びわ湖リング」の記録用映像のための機材を急遽ストリーミングに転用した設備とは異なり、ニコニコ動画はカメラワークやカット割りなど、周到な準備での配信のように感じた。楽団や指揮を努めた大友直人さんも手応えを感じているようだ。
 リアルタイムで10万人のリスナーが見た、というのは凄いことだ。クラシック音楽界には聴衆の現象と高齢化など、先行きを悲観する見方が固定化している。それに対して、過去に拙ブログでは過去にこんな記事を書いたことがある。

国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その2:オーケストラは国民的娯楽!?)

「オーケストラの聴衆は年間400万人でサッカーJ1リーグに迫ろうかというボリュームがあり、J2リーグやバレーボールのVリーグを凌駕する動員がある。まずはその凄い現実の数字を踏まえて未来を考えよう」と訴えてきた。その記事を書いた私でさえ、このニコニコ生放送の10万人という視聴者数は予想外だった。
 まず、「観客のいない音楽会」というネーミングがキャッチーだった。そしてプログラムが秀逸だった。
ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
ラヴェル/ピアノ協奏曲ト長調
サン=サーンス/交響曲第3番「オルガン付き」
 という、初めて聴く人にも魅力が伝わる力のある楽曲が揃ったことが大きい。
 しかし、一番の成功の理由は、ライヴ配信を見ながら、視聴者がコメントで盛り上がれたということだろう。
 いい演奏のあとには楽章間でも「88888888(拍手)」の『弾幕』が流れ、サン=サーンス3番の第2楽章後半の、スポットライトに照らされたオルガンが鳴り響く場面では「ラスボス登場!」「まさにラスボス」とオルガンをキャラ化して楽しむ雰囲気はニコ生ならではだった。
 これまでの年末のベートーヴェン交響曲全曲演奏や、金聖響&神奈川フィルが推し進めたU-STREAMでのライヴ配信など、クラシック音楽界も生演奏のライヴ配信の試みはあったが、このニコ生の配信は新しい地平を見た思いがする。
 「気持ちいい」「脳が溶ける」「心震える」「涙が出てくる」「こんな上質な世界があったとは」という、クラシックに馴染みのないニコ生民の声に、「これ、ホールで聞いたら体全体が震えるからね」「ミューザは上から降ってくるよね」「現場で聞いたら鳥肌ものよ」とコンサートゴーアーたちが答える。
 
 「絶対コンサートに行く」「ふらっとコンサートに行ってみたいんだけど、次はどんなのがあるかな」「東京だと毎日何かやってるよ」「そんなに頻繁にやってるものなのか」
 といったやり取りを見ると(話半分に評価したとしても)聴衆層の拡大の可能性を感じる。オーケストラ音楽そのものの魅力に開眼した人たちがこれだけ存在することが可視化された瞬間だった。
 余談だが、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」は来年3月の岡山フィル定期演奏会でも取り上げられる。今回のニコ生で色々な人の鑑賞ポイントを知ることが出来て、生演奏で聴くのが楽しみになった。
 閑話休題
 これまでも2ちゃんねる(現5ちゃんねる)でN響の生演奏を見ながら「実況番」と言われる掲示板でのやりとりや、twitterでのリアルタイムでのコミュニケーションなどはあったが、クラシック音楽の愛好家が敷居を上げすぎているきらいがあり、音楽からどう感じるかよりも、クラシック音楽に関する知識や鑑賞経験が豊富な者の発言権が強く、このニコ生のようなフラットなコミュニケーションは見られにくかった。
 ラヴェルのピアノ協奏曲の第2楽章が始まる前に「ハンカチの用意を」、あるいは「オルガンが入る30秒前に教えて」に対して「そろそる来るよ」「くるぞくるぞ」「そわそわ」といったやり取りや、「只今、開演五分前です。お席にお着きください」の会場放送に、「はーい」「はーい」「急げ〜」と何十人も答えている、そんな、ほのぼのとした居心地の良さがあった。
 東京交響楽団の演奏は本当に素晴らしく、休憩時間中には何万人もの人が生放送を見ていることが伝えられたようで、サン=サーンスの演奏は燃えに燃えていた。姿が見えない10万の聴衆を意識した熱演、と言ってもいいと思う。
 僕は、夜にタイムシフト再生で見たので、コメントは書き込めなかったが(笑)、いい音楽に接し、その演奏に感動する喜びは、等しく共有できるという大切なことを、改めて実感できた時間だった。
 古瀬幸広さんのブログ「クラシック界に変革がやってきた」が面白いです。
 新しい職業としての「クラシックのライブ解説者」が誕生したら面白い。NHKもやろうと思えば明日にでもできそうだけれど。
 出来れば他のオーケストラの奏者が、別のオーケストラの演奏を聴いて。「ここは簡単そうに見えて実はとてもむずかしい」とか「第1ヴァイオリンは内側と外側で別の音符を弾くんです」、あるいは「透明感のあるいいアンサンブルですね、ウチのオーケストラは濃厚な音が特徴ですが、こういう透明感も出していきたいですね」みたいなコメントがあったらめちゃくちゃおもしろいかも。
 そんな妄想を、ちょうど今、山形交響楽団のストリーミングを聴きながら書いている。神尾真由子の生演奏がストリーミングで聴けるとは・・・。山響の伴奏も素晴らしい、本当に聴いていて気持ちいいいアンサンブル。シューマンでは(我が家のネット環境の問題なのか)途切れ途切れになる場面があり、それに伴って視聴者数が減っていったのが残念だった。この山響のストリーミングを手掛けたカーテンコールというストリーミングサービスは2020年の4月から本格開始されるそうなので、それまでに問題点を潰していっていただければと思う。

nice!(1)  コメント(2) 
共通テーマ:音楽

感染症よりも経済災害の方が怖いかもしれない〜新型コロナウイルス〜 [雑感・出来事]

 前回のエントリーで、新型コロナウイルスによるコンサートの中止の動きについて書き残したが、その2日後の26日に政府からのイベント開催に関する自粛要請があり、その翌日には小中高校の休校要請となった。この2つの『要請』が社会に与えたインパクトは絶大で、慌てて首相が29日に記者会見を開くも、国民の疑問への答えには全くなっておらず、混乱に拍車をかけた。
 かく言う私も仕事では大混乱に見舞われているのであるが、組織に守られている立場であり、明日明後日は食うには困る状況ではない。
 それだけに、このブログで取り上げてきたクラシック音楽の演奏家を始めとする関係者の方々が苦境に陥り、文字通り死活問題となっている状況は本当に心苦しい。
2020年3月7日付 日本経済新聞 
 岡山では、まず倉敷音楽祭が全公演中止
20200307_01.jpg
 岡山シンフォニーホールの公演も中止が相次いでいる
20200307_02.jpg
20200307_03.jpg
 中四国地方のプロオーケストラの雄である広島交響楽団は、3月中の主要公演の中止を発表している。
 岡山フィルの定期演奏会は、地元FM放送局に出演した楽団関係者のお話では開催を視野に準備を進めているようだが、昨日は岡山県関係者の感染(発病は高知県)が確認され、今後の感染者の拡がりによっては予断を許さない状況。
 新型コロナウイルスは年間1万人と言われるインフルエンザの致死率と比べても、それほど凶悪なウイルスではないことが徐々に明らかになっており、『果たして本当に、ここまでしなくてはならないのか?』という疑問も感じるのだが、新型のウイルスのため免疫を持っている人が皆無であり、ワクチンも薬も無い現状では爆発的流行による医療体制の崩壊を防ぐというのが目下の最大の課題になっており、そのための濃厚接触を物理的に遮断する必要性を言われると、反論できる根拠を示すことは難しい。

 それにしても、政府の対策は本当に場当たり的で、世論が沸騰した部分(学校の休校により出勤できない親への手当など)から後手後手の対策を打ち出している感があり、音楽家に限らずイベントや外出、外食の自粛ムードの中で大打撃を被っている個人経営やフリーランスの方々へ、どのように手当していくのかが全く見えない。
 これは下手をすると、新型コロナウイルスによる死者よりも、経済的な苦境により追い詰められる人のほうが多くなるのではないかと危惧されるところである。失われた20年の間に自殺者が3万人を超えていた我が国の状況を考えるとかなりあり得る話だ。
 音楽関係団体からは、実質的に政府による突然の要請による「人災」であり、営業補償などを求める声が上がっている。私は景気対策としてある程度の補償はありではないかと思う。少なくとも無利子融資などは早急に制度化してほしいと思う。
 岡山では県や商工会議所を中心に、小規模事業者の緊急的な融資の相談を受け付けているようだ。

新型コロナ、中小向け融資制度拡充 岡山県

2020年3月2日付 日本経済新聞
 ただし無利子ではないし、会社や団体に属さない、全くのフリーの音楽家が被っているコンサートの中止等による損害には適用が難しそうな印象を受ける。
 
 音楽家に限らないが、フリーランス・個人事業主の方々は岡山の地域社会経済を回している主役であり、『地場産業』の中核である。この方々が経済的に追い詰められ、廃業や転職が進むと、岡山の地域経済の弱体化や岡山らしさの喪失につながっていき、多くの場合は代替や後継が効かない。「自己責任論」という一見合理的に見えて、実は非合理の塊の論理によって切り捨てられることが無いように、切に願いたい。
 音楽関係者も、全国的な音楽関係者の動きに乗っかりつつも、地域経済を回す『地場産業』を支えている一員であるというアイデンティティも同時に保持して、他の業界の中小事業者とともに地元財界や行政に働きかける、ということも必要であろうかと思う。

nice!(1)  コメント(5) 
共通テーマ:音楽