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ボローニャ歌劇場 「トスカ」 岡山公演 [コンサート感想]

ハレノワ開館事業
ボローニャ歌劇場 トスカ 岡山公演
プッチーニ/トスカ(全3幕)
指揮:オクサーナ・リーニフ
演出:ジョヴァンニ・スカンデッラ

トスカ:並河寿美
カヴァラドッシ:マッテオ・デソーレ
スカルピア男爵:マッシモ・カヴァッレッティ
チョーザレ・アンジェロッティ:クリスティアン・バローネ
堂守:バロオ・オレッキア
スポレッタ:パオロ・アントニェッティ
シャルローネ・ニコロ・チェリアーニ
看守:クリスティアン・バローネ
管弦楽:ボローニャ歌劇場管弦楽団
合唱:ボローニャ歌劇場合唱団

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・思えば、イタリアの一流劇場のオペラ公演を観るのはこれが初めてだ。中学生の頃にロサンジェルス・フィルやチェコ・フィルなどの演奏を聴いて衝撃を受けて以来。ずっとオーケストラの世界に親しんできた。その普段親しんでるシンフォニーの世界とは全く違う、全てが「歌」で埋め尽くされるイタリア・オペラの世界に圧倒された。もし10代の頃にシンフォニーの世界に触れるよりも先に、イタリアオペラの世界に触れていたら、全く異なる人生だったかも知れない。

・歌手陣も合唱もオーケストラも、ドラマティックで歌に溢れていて、人間味が溢れていて。本当に素敵な時間だった。この人たちは歌が娯楽であり生活であり、人生そのものなのだと。思い出したのはコロナ禍初期の欧州で何十万人も死者が出ている頃、ロックダウンを強いられている時にマンションの住人たちがバルコニーで歌を歌って励まし合ってるの姿。この状況下でも歌を忘れないイタリアの人々に心を撃たれた。もし「かれらの赤血球は音符の形をしているんだよ」と言われても一瞬信じるかもしれない。




(以下、後日の追記)


・会場は満席だ。そりゃそうだろう。東京や大阪公演のほぼ半額の値段で聴けるのだから。私はD席8000円で聴けた。おそらくハレノワの開館記念事業を成功させるための価格設定。


・こけら落とし公演の時は、遅刻してしまったので、当日は劇場から少し離れたコインパーキングに車を停め、開演30分前に到着するという万全の態勢。案の定、劇場周りのパーキングは満車。入場口までのアプローチの階段は安全のためか閉鎖していたため、長蛇の列をエスカレーターに誘導していた。


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・お客さんの出足は極めて早く、開演15分前には入場口のあたりは既に人気が少ない…。観客も気合充分である。

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・位置は3階席の後方だったのだが、「音響デッドなホール」という印象は変わらないものの。歌手の歌唱もオケの演奏も、迫力のあるいい音が飛んできていた。これまでに座った2階席最後列やバルコニー席と比べても音はいいと感じたぐらい。

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・3階席ではあったが 細かい表情までは見えないものの演技は充分に見ることができた。体感的には岡山シンフォニーホールの2階席最前列よりも近いと感じるぐらい。さすがは観劇を最優先に設計されたホールだ。当日、オペラグラスを忘れてしまったのだが、無くても大丈夫だった。

・オケピットは、下手側からコントラバス2本、金管・木管、弦五部に上手側にパーカッション。プッチーニには欠かせないハープはヴァイオリンのチェロの間に配置し存在感を放つ。チェロが6本、ヴィオラもたぶん6丁見えたのだが、私の席からはヴァイオリンの数が確認できなかった。おそらく10型か8型の2管編成だったでは?公式プログラムを購入すれば掲載されていたのだろうが、家にモノをこれ以上増やせないので買わなかった。

・舞台のセットは3幕とも「質素」と言えるものだった。今まで私が聞いた事があるオペラはバーデン市劇場やウクライナ国立歌劇場、ハンガリー国立歌劇場など、東欧系か小規模の劇場のものだったが、それらと比較しても今回のセットは小規模なものだった。

・この日の最大のトピックは、トスカ役のマリア・ホセ・シーリさんの急病により、当日にジャンプインで代役を務めた並河寿美さんのパフォーマンスだろう。

・後から知った事だが、シーリさんの体調不良が判明したのが岡山公演当日。そして並河さんに連絡が入ったのは13時ぎだったようだ。開演までほとんど時間がない状況の中、身体一つで新幹線に飛び乗り駆けつけたとのこと。このスケジュールでは演出や舞台動きについては充分なリハーサル・確認もできなかったであろうことは想像に難くない。

・この状況の中でジャンプインするのは凄い度胸だし、観客に全くそれを感じさせない歌唱・演技を完遂させた実力も凄い。そんなぶっつけ本場の状態とは未だに信じられない完成度だった。第二幕の「歌に生き、恋に生き」のアリアの後、会場の(事情を知らない聴衆の)盛大な拍手とブラーヴァの最中、オーケストラピットからも拍手やブラーヴァが盛んに飛んでいたのはそんな事情があったわけだ。

・2日後のフェスティバルホール公演でも代役を務めたとのこと。並河さんは関西フィルの第九で聴いたことがあるし、びわ湖や兵庫芸文などの主要劇場の常連はもとより関西各地で市民オペラに深く関わっている。今回、タイトルロールとして本場の歌い手たちを向こうに回し、突然の代役を堂々たる歌唱・演技を披露する姿は脳に焼き付けたままで置きたい。関西でのオペラ文化のレベルの高さを並河さんが証明したようにも思うし、(全然関係無い私であるが)同じ神戸っ子としても誇らしく思ってしまう。

・並河さんだけでなく、ほかの歌手たちの心を捉えるような歌はもちろんのこと、驚いたのは合唱団の凄さ。人数的にも恐らく70人ぐらいの規模ではなかったか。オケや歌手のみならず、これだけの大所帯のギャラや渡航費・宿泊費などを考えると莫大な費用が掛かっていることは自明。本当に贅沢な舞台だ。

・第1幕の終盤でのスカルピアのトスカへのどす黒い横恋慕(現代においてはセクハラ/パワハラ讃歌以外の何物でもないが)の場面のカヴァッレッティさんの歌と演技の迫力は見事だったし、そこに重ね合わされる、礼拝堂でのテ・デウムのコーラスの高潔なゴージャスさといったら…。
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・合唱でもっと心を掴まれたのは第二幕の舞台裏バンダでのカンタータとトスカの合唱。はじめは無垢に美しい合唱が、トスカに訪れる悲劇を暗示するように急変し、狂気的な雰囲気に変貌し、聴き手はその迫力と異様な空気に気おされ、脇汗かきまくりである。バンダでの演奏とは思えない迫力に圧倒された。


・並河さんが歌う第二幕のトスカの「歌に生き、恋に生き」のアリアも素晴らしかった。ここのアリアの場面で、席の周囲が「あれっ?」っていう雰囲気になっていて、大部分は岡山の聴衆の反応だったと思うのだが、もともと有名なアリアではあるのだが、岡山では永らく源吉兆案のCMで使われていたからかもしれない。

・第三幕の見せ場である、トスカとカヴァラドッシの絡みは、並河さんの存在感がデソーレさんを食っている感じさえあった。どの歌も神がかっているように感じた。

・オーケストラも素晴らしかった。この日のタクトは音楽監督のリーニフ。音楽雑誌などでよく取り上げられているが、実物の彼女は意外なほど華奢だった。彼女は2021年バイロイト音楽祭でワーグナーのタンホイザーを女性として初めて指揮した実績の持ち主。歌手については詳しくない自分にとってはこの公演の最大の注目だった。

・リーニフの指揮は、やはり流石オペラ叩き上げの指揮者、エネルギッシュで鮮やかなタクトさばきに見惚れた(3階の後列でもピットの指揮は良く見えた)。オケから華のある色彩感を引き出し、プッチーニ独特の甘美で哀切な主旋律を強調しながら、見事なフレージングとアンサンブルで絶妙なポルタメントを駆使しながら極めて蠱惑的な世界を現出させていた。

・私の数少ないオペラ鑑賞体験(十数回ぐらい?海外オペラは6回しか聴いたことがない)の記憶を手繰り寄せても、今回のボローニャ歌劇場管弦楽団がダントツで優れていた。アンサンブルのレベルが高く、イタリアの歌劇場付きオーケストラに対する私のイメージを一新させてくれた。弱音のコントロールも見事で、トスカが歌う場面での繊細な音楽はどれも素晴らしかったし、特に第三幕のカヴァラドッシの「星は光りぬ」へつながっていく場面は背中が続々するほど美しいアンサンブルだった。

・一方で第1幕終盤や第3幕のような緊迫した場面では、しっかりとした堅牢な響きも創っていた。それに加えて…なんというか、『陽のパワー』が凄いのである。まるでキラキラした星が待っているような華と輝きがある。人の声のような柔らかいソノリティを持っていて、歌手陣の歌や合唱と共鳴したときのゴージャスさは得も言われぬ光を放っているように感じた。歌手や合唱だけでなく、管楽器なんて隙あらば大いに歌うように演奏し、冒頭でも触れたとおり、最初から最後まで歌で埋め尽くされた世界だった。

・ハレノワはこけら落としの際、あまりのデッドな音響に閉口し、その時は「プッチーニのオーケストレーションを考えると、シンフォニーホールで聴きたいかも」と思ったが、なんのなんの、途中からデッドな音響なんて全く気にならなかった。ボローニャ歌劇場管弦楽団が凄いのもあるし、こけら落としのメデアはルカントオペラであり、奏法もヴィヴラートを抑えるかものだったことも大きい。それに加えて今回座った3階席の音響特性が私の耳に合致したかもしれない。

・止むことが無い終演後のカーテンコールで印象的だったのは、トスカ役の並河さんと指揮者のリーニフさんのかなり長い時間のハグ。特にリーニフさんが並河さんを掴んで離そうとしない感じの長いハグ。心からの安堵と、奇跡としか言いようがないジャンプインをやり切った並河さんへの敬意と親愛の情が込められていたのでしょう。

・余談になるが、開演前と第二幕の直前に、恰幅のいい劇場関係者の方が大きな声でオケピットに掛け声をかけて、それに楽員さんが応えていたのは、「さあ、本番だ!気合い入れてやろうぜ」「エイエイオー」みたいな事を言ってたように感じたのだが、実際はどうなのだろう?シンフォニーオーケストラの公演の、開演前は厳粛に・静粛に…という文化に慣れているので、驚きつつも、とても面白いなと思った。

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コメント 2

サンフランシスコ人

ボローニャ歌劇場は岡山公演.....サンフランシスコ交響楽団はカリフォルニア州外の公演一切無し.....

「イタリアの一流劇場のオペラ公演を観るのはこれが初めてだ...」

私は米国とフランスの歌劇団の公演しか行ったことがありません....

「トスカ役のマリア・ホセ・シーリさんの急病....」

知りませんでした...
by サンフランシスコ人 (2023-11-14 03:37) 

ヒロノミン

>サンフランシスコ人さん
 マリア・ホセ・シーリさんはツアー中に体調を崩されただけのようなので、回復すればご活躍になると思います。
by ヒロノミン (2023-12-05 20:19) 

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