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岡山フィルのミュージック・アドバイザーに秋山和慶氏、シェレンベルガーは名誉指揮者に [岡山フィル]

 今朝の山陽新聞でついに発表されました。

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 岡山フィルの首席指揮者がシェレンベルガーから交代する可能性については、以前のエントリーで述べていて、その後も色々と自分なりに予想を立てていました。「あの人かな?この人かな?う~~~ん、それやったらシェレンさんの方がええよな~、う~ん」と。

 秋山さんの顔もちらっと浮かびましたが、「いや、無理やな」と除外していたんです。



 そらそうです。秋山御大は多忙を極めている。まず、広響と東響の(名誉職ではない実質的な首席客演指揮者のような)桂冠指揮者として年に複数回指揮をして、中部フィルの芸術監督/首席指揮者、日本センチュリー交響楽団のミュージック・アドバイザーとして、かなりの回数のコンサートと楽団運営に携わっており、特に中部フィルは岡山フィルと同じようなポジションのオーケストラで、日本オーケストラ連盟準会員から正会員(常設楽団)への改革の真っ最中。他にも全国のオーケストラからの客演の依頼は殺到し、それに加えて去年はコロナ禍による指揮者変更で秋山さんが呼ばれることが多かったはず。海外の著名指揮者の代役が務まる実力と格を兼ね備えた指揮者は、そうは居ないからです。そんな中で、とても岡山フィルのポストなど引き受ける余地はないだろうと思っていたところの、このニュース。驚きました。「まさか・・・」でした。


 一方で、シェレンベルガーは首席指揮者を退任し、名誉指揮者に就任されるということで、覚悟していたとはいえ、寂しさは募ります。今の岡山フィルは名実ともに「シェレンベルガーのオケ」でしたから。

 ただ、私が一番心配していた、この9年間のレガシーが受け継がれるかどうか、また「世界に開かれた窓」としての存在は維持される処遇は行ったことは良かった。コロナ禍の完全収束はなかなか見通せませんが、名ばかりの名誉職の「名誉指揮者」でとどまらせず、シェレンベルガーさんが来日した際には必ず岡山フィルを振りに来てくれる関係を築いて行って欲しいと思います。まずは首席指揮者として最後のコンサートとなる3月定期演奏会は、お別れのコンサートではなく、「岡山フィル名誉指揮者就任披露公演」として盛り上げたいですね。


 秋山さんは、実は僕が現在オーケストラのコンサートに足繁く通うようになった源流となる経験をさせてくれた思い入れのあるマエストロなんです。大フィルの定期演奏会にはじめて足を運んだのは、朝比奈御大ではなく、当時は首席指揮者だった秋山さんによるシェエラザード@旧フェスティバルホールでした。地元の熱い聴衆に支えられて、凄い演奏をしたときの会場の熱気、そして今でも魅了されてやまない「大フィル・サウンド」の迫力と美しさは。あのコンサートには国内のオーケストラの演奏を聴く醍醐味が詰まっていた。


 シェレンベルガーさん、秋山和慶さんに対する思いは、また記事を改めて書きたいと思います。



 今回はニュースを受けて、ひとまずのエントリーということで。

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※山陽新聞一面の主要トピック欄にも、堂々と記事が掲載されていた。岡山フィルの指揮者人事は地域にとっても重要なニュースになったんですね。

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9月の「 I am a SOLOIST」 が楽しみだ [岡山フィル]

 4月、7月と、今年度に入っての岡山フィルも、指揮者やソリストの差し替えが続いている。自分でもわけがわからなくなりそうなので、1月のエントリー記事をその都度更新するようにしている。




 今月には、「I am a SOLOIST」のスペシャル・ガラ・コンサートのプログラムが発表された。


 この企画は、例年だと地元の小中高生を中心とした若い音楽家に、プロのオーケストラと共演する大舞台を踏むチャンスを用意するという企画で、20年近くの歴史があるこの企画に登場した小さなソリストたちの中には、すでにプロとして活躍している人も多い。

 今年は、コロナ禍で出演者のオーディションなどの開催も難しく、また、岡山シンフォニーホールが開館30周年を迎えたこともあり、この企画の卒業生で、超バリバリの第一線で活躍する3人がソリストとして登場する。東京や関西でよくある「3人の豪華ソリストによる三大協奏曲の夕べ」みたいな祝祭的な目玉企画が、地元のプロ・オーケストラと、地元の「若手発掘プロジェクト」出身のソリストだけで出来てしまうというのは、けっこう凄い事かもしれない。

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 中桐さんの粒立ちの良い、気品あふれるピアノで聴くグリーグも楽しみだし、森野さんは、フィガロの結婚で見せてくれたスザンナ役に魅了された私としては、モーツァルトのアリアが聴きたいと思っていて、アリアだけではなく、ガッツリとモテット「Exsultate Jubilate(踊れ、喜べ、幸いなる魂よ)」を聴けるのはとても楽しみだ。


 一番驚いたのは、廉之助くん(「くん」付けは失礼なのだが、地元では皆が親しみを込めて、こう呼んでいるのでご容赦を)がブラームスに挑戦するということ。

 ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、楽曲の構成や40分という規模など、恐らくヴァイオリンのソリスト最大の壁、といってもいい作品。

 高度なテクニックも要求されるが、60人からなるオーケストラがほとんど交響曲とも言える重厚な演奏に対峙してアンサンブルを作っていかないといけない。


 並の演奏家であれば、雄大なオーケストラの前奏が終わった後に登場するヴァイオリンのソロの5小節ほどで跳ね返されてしまう恐れもある。じっさいに、ヴァイオリンのソロが入ってきた瞬間、「えっ、全然ソリストの音が聞こえて来ない・・・」という演奏に接したこともある。


 廉之助くんにとって、今回の共演が初挑戦なのかどうかは分からないが、20歳になった彼が、この巨大な作品をどう料理していくのか?今から興奮を抑えられない。

 廉之助くんが登場したラジオでの情報によれば、彼は現在、ジャニーヌ・ヤンセンに師事しているという。ヤンセンもブラームスの協奏曲を得意にしていて、N響のと共演で聴かせた、骨太で重厚な演奏は、本当に素晴らしかった。


 スイスで色々な影響を受けながら、敢えてブラームスに挑む選択をした廉之助くんの演奏が、本当に楽しみになってきた。

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岡山フィル定期払い戻しチケット代を賛助会費へ [岡山フィル]

 今週の日曜日の岡山フィル定期演奏会は欠席(という表現はおかしいかも知れないが、一応マイシートだから「欠席」でおかしくないはず)した。


 4月後半以降、あれよあれよという間に岡山でのcovid19の感染急拡大があり、これまである程度抑え込んでいた岡山で、これほどの急拡大が起こった原因が英国型変異株の流行なのは間違いないだろう。私の周りでも感染者の発生がちらほら見られ、いよいよ自分の身に迫っていることを実感させた。



 政府が「三密回避」という演繹的推論に基づいた対策から、「人流の抑制」という、いわば帰納的推論に基づいた対策に後退して戦線を立て直す方向に舵を切ったのも、変異株の実態が明らかになっていないことが大きいのだろう。


 職場の方からも県外へ行くことと、人の集まる場所へ行くことを自粛するようにお達しがあり、今回のコンサート出席自粛は、その方針に従った、ということもあるし、何よりも仕事周りでかなり緊迫した中にいると、やはり自粛しようという意識に傾いてしまう。


 一方でクラシック音楽のコンサートは、感染リスクが極めて低いことは、実験や実績の積み重ねにより政府や専門家からも評価されてきた経緯があり、今回の開催についてもGOサインが出たものと思われ、コンサートが開催できた事自体については、本当に良かったと思っている。山陽新聞の記事によれば、聴衆は530人だったとのこと。


感染対策徹底し岡山フィル熱演 定期演奏会、聴衆530人魅了:山陽新聞デジタル|さんデジ https://www.sanyonews.jp/article/1133581


 今回のチケット代は、コンサートに行かない決断をした人に対して、払い戻しをするという取り扱いになった。

 自分は岡山フィルを応援しているし、賛助会員にもなっているぐらいだから、当然、払い戻しを受けないことを決めていたが、ちょっと名案を思いついたので、やはり払い戻しを受けることにした。


 その名案というのは、今回、チケットの払い戻しを受けたうえで、賛助会費に上乗せして寄付するという選択だ。


 岡山フィルは公益財団法人のため、寄附金控除が受けられる(岡山市HPより)。


 10,000円の寄付をした場合は、


 10,000円ー2,000円 × (所得税税額控除40% + 住民税税額控除10%) = 4,000円が還付される。


 つまり自己負担は6,000円で、残りの4,000円は国や県と市が支援してくれるという形になる。


 これを2口20,000円に増やした場合は。


 20,000円ー2,000円 × (所得税税額控除40% + 住民税税額控除10%) = 9,000円が還付され、自己負担は11,000円。この増加する5,000円分の自己負担に、今回の払い戻しチケット代を充てようというわけだ。


 おそらく、今回のコンサートが中止されなかったのも、「国の基準では開催可能」という判断に基づいており、そうなれば緊急事態宣言に基づくイベントキャンセル料支援の補助も受けられないという事情もあったかも知れない。こういう風に思いたくはないが、正式にイベントの中止要請をするよりも国はお金をケチることが出来る。


 芸術・芸能団体に対する支援は、ドイツフランスが去年の春の段階で「必要不可欠なもの」として大規模な支援に乗り出したのに比べると、日本の動きは極めて遅かった。そして、現在においても充分とはいえない。


 そんな中で、払い戻しチケット代を受け取って寄付することで、国や県・市からも岡山フィルにお金を回させることで、一矢(砂のひと粒にもならないが)報いたい思いもあった。

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どうなる!?岡山フィルの『次期』指揮者(その3) [岡山フィル]


 前回と前々回で、聴衆の立場から、シェレンベルガーが岡山フィルにもたらしてくれたものを再確認し、次期指揮者に求められる能力を検討してみたが、結論として、『次期』首席指揮者もやはりシェレンベルガーで行くべきだと述べた。


 とはいえ、様々な事情によってシェレンベルガーとの次期首席指揮者契約更新がかなわない場合も想定されうるし、今後、未来永劫シェレンベルガーにやってもらうわけには行かない。

 シェレンベルガーは、初代岡山フィル首席指揮者であり、いつか来る交代機はオーケストラが初めて経験する常任の指揮者の交代になる。
 岡山フィルは2004年に、小泉和裕をミュージックアドヴァイザーを任命しておきながら、いつの間にか辞任して終わっていた(しかもファンには全くアナウンスされなかった)『前科』もある(その後、小泉氏は岡山フィルを一度も振っておらず、楽団初期の音楽づくりに多大な功績を遺したマエストロとの関係が断絶してしまった)。

 いつかは来る指揮者交代に備えて、主に関西と広島の指揮者交代劇から、ポスト・シェレンベルガー体制への最良の移行方法について考えてみたい。



 まず、抑えておきたいのはオーケストラのコンサートに来るファン層には、そのオーケストラ自体のファンと、アーティストについていくファンの二種類があることだ私はおそらく前者に属するタイプ(岡山フィルそのもののファン)で、ソリストが誰であろうが、指揮者が誰であろうが足を運び続けるだろうが、数としては私のような人間の方が少数派だろう。多くのファンはアーティストについていく形でコンサートに足を運んでいる。だからこそ、楽団運営者はコンサートに招聘するソリストや指揮者の選定に頭を悩ませ、人気に火がついたアーティストを何度も招聘したりするのだろう。


 指揮者人事についても同じである。常任の指揮者を交代するということは、その指揮者についてきたファンをゴソッと失うことにも繋がるのだ。

 ここ10年の関西及び広島の楽団の指揮者交代劇を見てみると、例えば広響の常任指揮者・音楽監督を18年にわたって務め、広響を国内有数のオーケストラに育て上げた秋山和慶から、次の下野竜也への交代の際は、秋山和慶を終身名誉指揮者に任命し下野体制発足後も定期演奏会などの重要な演奏会でタクトを依頼しており、良好な関係が続いている。

 このように楽団に多大な貢献を行った指揮者が常任ポストを退任後、桂冠指揮者や名誉指揮者として引き続き演奏会に出演するパターンは大阪フィル(大植英次)や、関西フィル(飯守泰次郎)などが採用し、前常任指揮者についているファン層を失わないように慎重に体制移行を進めている。


 オーケストラの定期演奏会は、主催者が一方的に決めた日時と場所に、聴衆の側が苦心してスケジュールを調整し、交通費を払って足を運ぶ必要がある。旅行や映画鑑賞やアート巡りなど、時期を自分で決められる娯楽と比べると、ある意味とても「不自由」だ。そのため、聴き手の仕事や家庭生活の変化などによって、優先順位なんて簡単に入れ替わる。ましてや県外から足を運んでいる聴衆は、相当な動機がなければ足を運ばなくなってしまう。常任の指揮者交代はコンサートへのプライオリティが下がる契機になってしまうのだ。


 また、最近の各オーケストラが力を入れているのが、「ファイナル・シーズン興行」だ。常任の指揮者の任期が満了する1年以上前から、現常任指揮者の最後のシーズンになることを公表し、興行を盛り上げるのだ。

 事例を具体的に見てみよう。

事例①大フィル
 朝比奈隆の後をついで2003年に音楽監督に就任した大植英次の退任前最後のシーズンとなった2012年度は、「エイジ・オブ・エイジ・ファイナルシーズン」と銘打って、大々的な興行を打った。

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 定期演奏会に4回登場するだけでなく、大植の十八番のチャイコフスキーの交響曲チクルス、任期が終了する3月31日には「大植英次スペシャルコンサート」と題してブルックナー/交響曲第8番を演奏。カーテンコールは鳴り止まず、大植が客席に降りて喝采を送るファンと交流する場面もDVDに収められている。

 このコンサートの現場に居た聴衆の一人であったブロガーさんのによれば、それは退任コンサートと言うよりも歌舞伎の「襲名披露」のようだったそうだ。



 事実、大植英次は音楽監督退任と同時に「桂冠指揮者」に就任。引き続き大阪フィルの定期演奏会に年に1度出演し、また大阪クラシックでのプロデューサーを続けるなど、大阪フィルと深い関係を続けている。私は大植の退任後の2013年4月に開催されたフェスティバルホールのこけら落とし公演(マーラー/交響曲第2番『復活』)に足を運んだが、客席は満席で、熱気も凄いものが合った。大植英次についているファンが引き続き大フィルを支えていることを実感したのだった。


 一方で、大植英次の音楽監督退任後に、ある変化が起こった。それは定期演奏会会員(岡山フィルでいえばマイシート)の落ち込みである。大植英次ファイナルシーズンとなった2012年度の定期演奏会会員は1870人。ザ・シンフォニーホール2日公演分の約6割の座席を会員が占めていた。ところが翌年の2013年度は一気に1428人にまで落ち込んでしまう。

 原因は、2013年度が常任の指揮者が不在となったことが大きい。翌年、井上道義が首席指揮者に就任するまで一年間、楽団の顔となる指揮者が居なかったことが招いた事態であった。



事例②関西フィル
 常任の指揮者交代で、近年、もっとも成功したのは関西フィルであろう。

 2011年に行われた関西フィルの常任指揮者の飯守泰次郎から、音楽監督のオーギュスタン・デュメイへのバトンタッチは、見事なものだった。

 布石は前年度の2010年度シーズンから始まった。この年、常任指揮者:飯守泰次郎、首席指揮者:藤岡幸夫に加えて、フランスのヴァイオリン奏者の巨人:オーギュスタン・デュメイを首席客演指揮者に招聘し、関西にデュメイ・ブームが起こった。オーケストラの指揮だけでなく、ヴァイオリンのソリスト、関西フィル楽団員との室内楽での共演などで関西フィルに新風を吹き込み始めた姿は、まさに岡山フィルにおけるシェレンベルガーに重なるものがある。

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 翌年、満を持して、オーギュスタン・デュメイを音楽監督に任命。飯守時代からデュメイ時代へのバトンタッチが行われる。


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 飯守泰次郎は桂冠指揮者に就任し、引き続き関西フィルのタクトを振ることになったのだが、凄いのはその中身である。

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 どこか名誉職的なニュアンスのある「桂冠指揮者」像を覆す驚きの内容だった。なんと2011年から10年におよぶブルックナープロジェクトを始動。常任指揮者時代から続いていたワーグナーのオペラの演奏会形式シリーズも継続するという。

 関西フィルの演奏水準を著しく向上させ、また朝比奈隆没後の関西のブルックナー演奏で高評価を得ていた功労者を、10年間囲い込むことに成功し、音楽性の継続と深化、聴衆のつなぎとめに成功したのだった。デュメイがソリストを務める回の定期演奏会で飯守泰次郎がタクトを振り、2015年のヨーロッパ公演ではデュメイと藤岡幸夫の二人が動向する、3人の指揮者の関係も良好で、関西でもっとも強力な指揮者陣となった。

 関西フィル友の会(マイシート)会員の動向を見ると、飯守常任最後の年(2010年度)の651人に対して、デュメイ音楽監督初年度(2011年度)は641人と、ほとんど変化がない。


 これらの事例から、いずれやってくるシェレンベルガーの退任時の処遇について考えてみると、次のようになる。


①常任指揮者退任後は終身名誉指揮者(少なくとも桂冠指揮者)として処遇する


②終身名誉指揮者就任後も定期的にタクトを振ってもらうために、10年単位の壮大な新しいシリーズを始める

③首席指揮者退任の1年前から公表し、ファイナル・シーズン興行を開催。最後のコンサートは「終身名誉指揮者就任記念公演」としてシェレンベルガーと岡山フィルのイメージを継続させる仕掛けを作る
④次期首席指揮者候補者を現首席指揮者の退任1〜2年前に「客演指揮者」として任命し、知名度や集客力を確保したうえでスムーズにスイッチできるようにする。
 この4点に集約されるだろう。
 特に②については年2回程度のシェレンべルガー・シリーズを開催する。1回は「モーツァルト・ハイドンシリーズ」として、ハイドンのザロモン・セット+モーツァルトの28番以降の交響曲と、古典派の協奏曲を組み合わせ10年単位で完成させる。もう1回はシェレンベルガーの偉大なキャリアの中で選んだ、「これは岡山の聴衆にぜひ聴いてほしい」楽曲を採り上げる『シェレンベルガーが選ぶ名曲シリーズ』として開催する。
 それに加えて、これは首席指揮者交代までにぜひやって欲しいこととして、岡山フィルとシェレンベルガーのコンビでの録音を、ぜひ残して欲しい。後世の岡山の聴衆がシェレンベルガーとのレガシーが実感できるような作品を残すべきだろう。今は全国のオーケストラがハイレゾの音源を配信している。CDとして出すだけの予算が確保できなくても配信ならなんとか可能だろうと思う。
 3回にわたって連載した「どうなる!?岡山フィルの『次期』指揮者」シリーズもこれでお開きとするが、一聴衆の立場でシェレンベルガーが岡山に来て以降の成果を振り返ると、新劇場こそ、シェレンベルガーと聴衆が築いてきた関係性を活かしていく必要があることを確信する。
 シェレンベルガーは以前のエントリーでも述べたとおり、ベルリンの壁崩壊や東西ドイツ統一、東西ベルリンの市民の間に残った経済格差や心の分断を解消する過程で、ベルリン・フィルは重要な役割を果たし、その中心に居た人物だ。
 偉大な音楽家であると同時に、ミュンヘン工科大学を卒業するなど、音楽以外にもマルチな才能を有する方だけに、岡山が抱える中心市街地の衰退からの再生への問題についても知見があるかも知れない。指揮者交代という道ではなく、逆に、もっと深く岡山の街づくりや音楽文化の深化に関わっていただくという方向も検討してほしいと思う。

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どうなる!?岡山フィルの『次期』指揮者(その2) [岡山フィル]

 この1ヶ月の間に、相思相愛と思われていたシェレンベルガーと岡山フィルについて、今後を憂慮すべき情報が飛び込んできた。前回は日本オーケストラ連盟の配信番組の中で、岡山フィル側から発せられた「次の指揮者の人選を進めている」という発言がもたらす波紋について考えてみた。



 今回は、まずはもう一つのニュースについて。


 と、その前に断っておきたいことがある。ニュースについては事実ではあるが、そこから導き出される想定については、あくまで筆者の想像である。シェレンベルガーと岡山フィルとの良好な関係がこれからも続いていくことを願うファンの思いを書き綴ったに過ぎないことをご諒解ください。 

ベルリン発 〓 ベルリン交響楽団の次期首席指揮者にハンスイェルク・シェレンベルガー(月刊音楽祭サイトより)



 ベルリン交響楽団といえば、岡山にも何度も来日している団体で、2016年の来日の際に私も聴きに行ったのだが、その際の感想はリンク先の記事をご覧いただくとして(ただし、辛辣な感想を書いていることをご了解ください)、2000年代には経営破綻も経験しているこのオーケストラの首席指揮者という困難な仕事を、よく引き受けられたなあ、というのが正直な感想だ。

 もっとも、現地から見れば、極東の聞いたこともないような街のオーケストラの首席指揮者を引き受けたことも驚きだったろうし、こういう困難な仕事ほど自分の持てるものをすべて投入するという人柄なのは、僕たち岡山の聴衆が一番良く知っている。歴史もあり市民に愛されてきた楽団だけに「シェレンベルガーさんならなんとかするかも知れない」とも思う。

 気になるのはその仕事量で、シェレンベルガーの公式HPを見ると、毎月のようにベルリン交響楽団との仕事が入っており、2022年以降、岡山フィルのためにスケジュールを空ける余裕があるのだろうか?と思うほどのボリュームだ。

 ワクチンが普及したとしても変異株の流行によってワクチンが無力化される可能性もある。このコロナ禍の収束が見通せない中、国境を超える必要のない仕事を優先することは合理的な判断であるし、現状では首席指揮者の職責を果たせていないと考えているかも知れない。

 シェレンベルガー・サイドから岡山フィルの仕事量を減らす要望があったとすれば、先日の「次の指揮者を選定している」という発言も納得せざるを得ない。


 しかし、もし、シェレンベルガー以外の『次期首席指揮者』を選定すると仮定すると、当然、シェレンベルガー以上の人材であることが条件になってくるだろう。


 私なりに岡山フィルにとってシェレンベルガーが何をもたらせてくれたのかを整理し、私がシェレンベルガーの続投を強く願う理由を述べてみようと思う。



①:オーケストラビルダーとしての卓越した能力

 これはシェレンベルガー就任前から岡山フィルを聴いてきた人は、誰しもがまざまざと目のあたりにしてきた。就任前も堅実な演奏をしてきた岡山フィルだったが、シェレンベルガーの就任後は、表現の質が明らかに変わったと感じる。そのプロセスを見て聴いていくのも楽しみになっており、シェレンベルガーがタクトを振るたびに、岡山フィルの魅力が引き出されていくのだ。


 それはオーケストラ演奏に留まらない。タクトをオーボエに持ち替えて演奏される岡フィルのメンバーとの室内楽のコンサートはもっとエキサイティングだ。シェレンベルガーのオーボエ奏者としての凄さもさることながら、岡フィルメンバーの潜在能力を引き出し、「この方はこんな音楽を演奏するんだ」「凄い、シェレンベルガーに対して一歩も引かずに渡り合っている!」という興奮の瞬間を目にするたびに、マエストロがこのオーケストラに対してもたらしているものを認識させられるのだ。


 演奏改革のドラスティックさとは対照的に、楽団改革については現実路線を貫く。聴衆が増加するのを確認しながら定期演奏会を2年に1回づつのペースで増やしていく。はじめは特別演奏会として設定し、行けると判断すれば定期演奏会に組み込んでいく。首席奏者の8パートの大オーディションは話題を集めたものの、チェロや第2ヴァイオリン、ティンパニなどはベテラン奏者の特別首席を招聘し、若いエネルギーと熟練の技術とのバランスを考慮する。もちろんこれらはシェレンベルガーだけの功績ではないが、彼が来る以前の岡山フィルとは全く違う展開を見せてくれたのは間違いない。


 芸術面での課題には天才的な能力を発揮する一方で、経営的な問題に対しては現実的なソリューションを提示できる。そんな両面を兼ね備えた稀代のオーケストラビルダーと言える。



②楽団員と向上心を共有した良好な関係を築いている
 指揮者と楽団員の関係と言っても、50人からなるプロの音楽家の総意の存在などというのは、聴衆の幻想なのかも知れない。しかし、シェレンベルガーが来る前は、楽団の実力と存在意義を賭けて開催する「定期演奏会」の回数は年に1回〜2回のみだったが、現在は年に5回に増え、更に聴衆も増えて、地元の人々の岡山フィルを見る目も明らかに変わった。楽団員にとってこの8年間で得られた充実感は何物にも代えがたいだろう。そして、音楽家としての表情が見える室内楽で、シェレンベルガーとの共演で見せる彼らの表情は本当に充実している。もちろん定期演奏会での表情も。

 ある首席奏者は、シェレンベルガーを「子供の頃から私のヒーローだった」と言い、夢はシェレンベルガーとの海外公演と語る(山陽新聞のインタビュー記事)ほどだ。



③聴衆の圧倒的な支持
 シェレンベルガーが初めて岡山フィルを振ったのが2009年の定期演奏会。その頃の客席は半分も人が入っていなかった。
 しかし、シェレンベルガーが首席指揮者に就任してから客席の8割は埋まるようになり、定期演奏会の回数を5回に増やしても客席は埋まり続けた。単純計算で定期演奏会の動員は年間2000人→8000人に4倍に増えた。
 このようにシェレンベルガーは岡山の聴衆に圧倒的に支持されており、この聴衆を新劇場の客層として取り込もうとしないなんて、クレイジー!!、とさえ思う。
 シェレンベルガー&岡山フィルへの支持は岡山だけに限らない。当ブログにコメントをくださる方やSNSでつながっている方の中には岡山フィルを聞きに他県から通っている方がおられる。その範囲は香川・備後などの近隣に留まらず、兵庫、大阪、京都、広島(安芸)、愛媛など広範囲にわたる。京阪神にはコンサートが沢山あるなかで、岡山にわざわざ来てくださるのは、それだけシェレンベルガー&岡山フィルのコンビが、他では聴けない音楽を演奏してくれるという期待感・信頼感にほかならない。
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※岡山シンフォニービルの吹き抜けにはシェレンベルガーの巨大パネルが設置されるなど、楽団も積極的に岡山フィル=シェレンベルガーのイメージを推していた。

④シェレンベルガーと開拓すべきレパートリーがまだまだ存在する

 通常のオーケストラの常任指揮者との共演回数は年に10回程度確保されおり、10年100公演も共演すればレパートリーは一巡する。

 しかし岡山フィルとシェレンベルガーとの共演は、就任当初は年に2回しか定期演奏会がなかったこともあり、年に3〜4回。おそらく8年間でもまだ二十数回程度だろう。通常のオーケストラの1/4程度しか共演回数をこなしていないのだ。

 レパートリーを見ても、ベートーヴェン・ブラームスの交響曲チクルスは完了しているが、就任当初のインタビューで語っていた、ハイドン、モーツァルト、シューマン、ブルックナー、マーラーはまだほとんど手つかずである。シェレンベルガーが他楽団との共演のプログラムあるいは、オーボエ演奏のアルバムでもイタリア・バロックやフランス物が高く評価されている。独墺系以外にもラテン系の楽曲も得意としている可能性が高い。まだまだシェレンベルガーから得られるものがあるのに、ここで任期が満了するのはあまりにももったいない。



⑤国内のオーケストラのヒエラルキーに属さない個性・独自性


 シェレンベルガーと岡山フィルというコンビは岡山フィルを一介の「地方都市オーケストラ」として埋もれさせることがない個性を発揮している。

 少し話は飛ぶが、日本のオーケストラにおける常任指揮者の顔ぶれの傾向について軽く(乱雑に)触れておきたい。
 日本国内のオーケストラを概観すると、在東京の有力オーケストラの常任指揮者はパーヴォ・ヤルヴィやジョナサン・ノット、セバスティアン・ヴァイグレなど、世界の一流オーケストラで活躍する指揮者が兼任しているが、地方の諸都市オーケストラの多くは、実力派の日本人指揮者が『輪番』のような形で常任ポストを務めている

 これらの実力派指揮者たちの中には若い頃の海外での実績がある者も多く、国内の有力オーケストラで演奏上の成功を収めると、次々に他のオーケストラからも声がかかる、結果有能な指揮者が様々な諸都市オーケストラ のポストを輪番のような形で歴任することで、この20年で実力が飛躍的に底上げされたと言われる。その一方でオーケストラの常任ポストは数が限られているため、(実力だけでなく、めぐり合わせや運の要素も大いにありつつ)輪番の席取りレースから弾かれる指揮者も出てくる。
 ならばこうした実力・実績はあるが現在ポストに付いていない日本人指揮者に後任を頼む手があるじゃないか?と言われると、僕は「否」と答えたい

 理由の一つは岡山フィルの個性が弱まってしまうことだ。③でも触れた県外からリピートする聴衆は「あのシェレンベルガーがどんな音楽づくりをするのか?」という興味で聴きに来られ、そこで大いに感銘を受けてリピートしてくれている。国内を中心に仕事をしている指揮者は、(言葉は悪いが)「どこでも聴ける指揮者」でもあるということ。岡山フィルの常任に就任した場合「まあ、わざわざ岡山まで行かんでもええわ」となる可能性が高くなる。

 また、指揮者の現在のポジションや評価がオーケストラのポジション・評価に影響し、国内オーケストラヒエラルキーの中で岡山フィルのポジションが定まってしまう恐れもある。
 また、シェレンベルガーはドイツを拠点に、欧州・北米・南米・アジアと指揮者としても器楽奏者としても、未だに世界の第一線を舞台に活躍している音楽家だが、もし海外にポストを持っておらず、また海外から指揮のオファーが無い指揮者が岡山フィルの常任ポストにつくと、世界の音楽シーンへの扉が閉ざされてしまう恐れもある。
 クラシック音楽の世界は、今、急速に変化している。だからこそ在東京のオーケストラは、まさに世界の一線級で活躍している指揮者の招聘に躍起になるのだ。東京だけでなく、札幌交響楽団(バーメルト)、オーケストラアンサンブル金沢(ミンコフスキ)、山形交響楽団(首席客演指揮者としてバボラーク)など海外での「経験」だけではなく「今」を知るマエストロを招聘する楽団はやはりファンの間でも話題だ。



 岡山芸術創造劇場の館長に就任された草加叔也さんは、山陽新聞のインタビューで「(新劇場は)劇場法の前文にもあるように『世界に開かれた窓』を目指したい」と仰っているが、ならば音楽部門をになうのはシェレンベルガー以外にいないじゃないか!と思う。

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※世界最高の木管アンサンブルのツアーの際、岡山フィルが日本のオーケストラで唯一共演を果たした。まさにシェレンベルガーは「世界に開かれた窓」だ。




※岡山フィルとシュテファン・ドールとの共演動画は42万回の再生回数(2021年5月現在)を稼いでいる。見に来る動機はドールのホルンだろうが、それでもこの再生回数は国内のオーケストラの動画の中でもトップクラスだろう。


 岡山フィルが想定する次期指揮者が誰なのかは分からないが、こういったことを踏まえて、果たしてシェレンベルガー以上の人材が居るのか?



 私はほとんど居ないと思う。


 もし岡山フィルとの契約をシェレンベルガー側の事情で更新できない場合も、功績に相応しい花道を用意するとともに、シェレンベルガーが開拓した聴衆層を失わないように、何らかの対応(桂冠指揮者のようなポストを作るなど)を行う必要があるだろう。



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どうなる!?岡山フィルの『次期』指揮者(その1) [岡山フィル]

 ブログに書きたいことは色々あるのに、時間と意欲が枯渇気味で放ったらかしになってるシリーズもあるが、今回は私の音楽鑑賞生活にとっては極めて重大な話題なので、早急に書き上げたいとは思っている。


 この記事のタイトルを見て、ほとんどの岡山フィル・ファンは『いや、どうなるもこうなるも、しばらくはシェレンベルガーの続投で安泰じゃろう』と思われたことと思うが、じつは水面下で事態が変化してきているようなのだ。

 

 発端は、3月31日に配信された『オーケストラの日2021配信~全国のオーケストラより感謝を込めて~』という日本オーケストラ連盟の主催するネット中継の番組。

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 日本オーケストラ連盟に加盟する全国38団体の演奏のダイジェストと4〜5団体ずつのグループによるオーケストラ事務局の方々によるトークセッションという内容で、全部で4時間に及ぶ番組だった。リアルタイムでは全部は見ることができなかったが、タイムシフト配信で全部拝見した。

 岡山フィルからも事務局長がリモート出演していて、コロナ禍での現状と2023年に開館する新劇場についてお話され、暗い話題が多い中での前向きな話題に、司会の西濱さん(山響)や角田さん(指揮者)も興味深そうにお話されていた。

 ところが事件は突然起こったのである。
岡山フィル「新しい劇場ではオペラやバレエの公演も予定されています。」
司会「それは本当に素晴らしいですね」
岡山フィル「それに向けて、岡山フィルの体制整備も一層進めておりまして、次の指揮者の人選も進めているところです」

視聴していた私「??!!」

 1回目に聞いたときは「新劇場のコンテンツ(オペラやバレエなど)に合わせた指揮者を別途任命するのかな」と思っていたが、念のためにもう一度聞いてみても、はっきりと「次の指揮者」と、既定路線について淡々と語っている感じだった。

 額面通り受け取ると、シェレンベルガーの次の楽団の顔になる指揮者を検討しているということになる。ちなみに、シェレンベルガーは2013年に岡山フィルの首席指揮者に就任、現在3期目に入っており、おそらく今シーズン(2021/22年シーズン)で契約が切れる。

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※すべては2013年に彼がやって来たことで変わっていった。

 これを聞いて、正直、私は動揺した。というのもコロナ禍で現在は来日が難しい状況とはいえ、現在の岡山フィルの音楽面での充実、観客動員の爆発的増加、首席コンマス・各パート首席奏者就任など楽団の体制整備など、シェレンベルガーが岡山フィルの首席指揮者に就任して以降の楽団改革は素晴らしい成果をあげている。今後も定期演奏会の充実や楽団の常設化、レパートリーの拡充などの山積する課題もシェレンベルガーを看板にして解決していくものと期待していた。もう3年、いやまだまだ6年はやっていただかなくてはいけないと思っていた。


 オーケストラの指揮者人事というのは、楽団主導で独断的に決められるのが通例だ。そこに聴衆の意見を反映させることは、じつは少ない(少なくとも国内のオーケストラで聴衆の意見を指揮者の人事に反映させるシステムを持っているオーケストラは無いと思う)。楽団が長期的視野に立って、現首席指揮者によってもたらされた豊かな音楽性や遺産を確実に継承し、より発展していくためにどういった指揮者人事を行うかを高度に専門的な判断によって進めていく。


 長年、オーケストラ・ウォッチャーをしてきた私も、そのことは重々わかっているのだが、この8年間の夢のような軌跡を目の当たりにしてきた聴衆の一人として、ここに意見を書いておくことは、それなりに意味のあることだと思う。


 まず、心配していることは、新しい劇場(岡山芸術創造劇場)の開館の話題の文脈の中で「次の指揮者」について触れられたことだ。新しい劇場の開館の話題づくりのために、人事を『リセット』しようとしていると取られなくもない。

 文化芸術において、いいものを作ろうとすれば長い年月がかかる。新劇場が開館する2023年はシェレンベルガーの岡山フィル首席指揮者就任10年目にあたり、新しい劇場でシェレンベルガーと岡山フィルの熟成されつつある音楽でオペラを上演するなど、人事をリセットするのではなく、むしろ岡フィルとシェレンベルガーという熟成されつつあるコンビの音楽的成果や聴衆の支持を新劇場へも波及させるべきではないのか?

 人事をリセットするということは、聴衆の動員もリセットされる危険性を孕んでいる。この危険性の実例は次々回のエントリーで具体的に触れたい。

 コロナ禍で現在は来日が難しい状況とはいえ、シェレンベルガーへの処遇によっては、今、急激に増やしている岡山フィルのファンを一気に失うことになるかも知れない。

 別の可能性は、シェレンベルガー・サイドがこれ以上の契約更新を望んでいない、ということだ。

 これまで彼が岡山フィルに注いでくれた情熱を考えると、引き続き岡山フィルと深い関係を築いてくれるものと思っているが、先週、シェレンベルガーの環境が大きく変わっていることが解るニュースが飛び込んできた(これについても次回以降に述べる)。


 次回は、改めて岡山フィルにとってシェレンベルガーの存在の重要性について、岡山フィルとの8年間を聴衆の立場から振り返ってみようと思う。そして西日本のオーケストラにおける、最近の指揮者交代を見ながら、岡山フィルが取りべき進路についても考えてみたい。

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5月定期もシェレンベルガー来日できず [岡山フィル]

 コロナ禍の収束までなかなか見通しが立たない状況の中、岡山フィルの5月の定期演奏会にも首席指揮者のシェレンベルガーさんは来日できず、代役に太田弦さんが起用されることが発表された。

※岡山フィルのfaebookページより



【出演者変更のお知らせ】 5月23日の岡フィル第68回定期演奏会に出演予定でした首席指揮者ハンスイェルク・シェレンベルガー氏は、新型コロナウイルス感染症拡大により来日が不可能となりました。 来日を楽しみにお待ちいただいておりました皆様には心...

岡山シンフォニーホールさんの投稿 2021年4月18日日曜日

 太田さんは来年の岡山フィルのニュー・イヤーコンサートにも登場するのだが、この5月定期も若きソリストとの共演ということで、これはこれで楽しみにしたいと思う。

 いやーーー、でもなあーーー。シューマン4番はシェレンベルガーの引き締まった音楽づくりで聴きたかったなあああああああ(魂の叫び)。


 余談になるが、去年のゲルギエフ&ウィーン・フィルの来日公演以来、今月の東京・春・音楽祭に出演するリッカルド・ムーティーや、6月の来日が発表されたバレンボイムなど、一種の「特別扱い」で来日が可能になるアーティストがいる一方で、なかなか来日が叶わないアーティストも居る。ムーティーやバレンボイムなどはもとより雲の上のような存在で、それよりもシェレンベルガーが来日するほうが、岡山の都市文化への貢献度も高いのだがなあ。



 京響の4月定期に登場する、ジョン・アクセルロッドは「首席客演指揮者就任披露記念演奏会」ということで、アマティの関係者が奔走し、アクセルロッド自身もすでにホテルで2週間以上缶詰になって、なんとか登場するそうなので、全く門戸が閉ざされているわけではなさそうなのだが、ウィーン・フィルやムーティーが2週間以上ビジネスホテルに缶詰というわけではなさそうなので、どうにも釈然としないものがある。


 シェレンベルガーさんも70歳を超えており、一般的な分類では高齢者になるし、万が一感染して管楽器奏者としての能力に影響が出てもいけないので、決して無理はしてほしくは無いが、こうしたアーティストの入国管理にあたっては日本の文化芸術での貢献度などを客観的に説明できるような基準を設けて、納得度の高い運用をしてほしいと思う。

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ありがとう!初代岡フィル首席ホルン奏者、梅島さん [岡山フィル]

 すでに一部の岡フィルファンの間でも話題になっていますが、岡山フィルの首席ホルン奏者の梅島洸立さんが退団し、現在は山形交響楽団の首席ホルン奏者として活躍しています。

 彼が首席奏者の試用期間中に演奏したチャイコフスキーの交響曲第5番の演奏を聴いて、「こんなに腕がある人が岡山フィルに来てくれるんだ」と思い、また、同じ年の第九での多彩な音色を操りながらの安定した演奏に「これほどの達者な奏者、いずれ他の有力オーケストラに移籍するだろうな」と、別れが遠くないことを予感し、限られているであろう彼のホルンを聴く機会を大事に聴いてきました。

 岡山フィルはコンサートの都度、演奏報酬を支払う形態で、常勤雇用ではありません。芸大大学院を卒業したての若者が充分な自己投資の資金を確保しつつ生活していくには厳しい環境でしょうね。ましてや、彼ほどの若い実力のある音楽家は、それに見合う報酬(月給)と待遇のもとで実力を発揮するべき。だから、彼が国内有数の評価を得ている山形交響楽団へ常勤雇用で採用されたことは、寂しくはあるけれども、心から良かったと思っています。

 彼の演奏の一番の思い出は、岡山フィルが初めて演奏したブルックナーでの演奏。

 冒頭の安定したソロ、第1楽章終結部のホルン隊を率いての高らかに響き渡ったフォルテのホルンの合奏。あるいは第3楽章、第4楽章での熱演。
 30年近くこのオーケストラを聴いてきて、ようやくブルックナーが定期演奏会で取り上げられた。彼のホルン無しには、「岡フィル初めてのブルックナー」があれほど印象深い演奏になることはなかっただろう。

 梅島さん、本当にありがとう。出来ることならばコロナ禍がない状態で、彼のホルンの音をもう1回聴きたかったなあ。

 移籍先の山形交響楽団では、早速地域密着の活動を始められているようです。

 岡山の山陽放送でのドキュメンタリー番組でも、彼の愛嬌のある、でも音楽に真っ直ぐに向き合う姿が描かれていて、あの番組がきっかけで岡山にも彼のファンがたくさんいたんですよね。山形の人々に絶対可愛がられるでしょうねぇ。
 いつか、落ち着いた時期に岡山に演奏に来てください。

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岡山フィル定期演奏会マイシートのチケット差し替え [岡山フィル]

 かなり時間が経過してしまいましたが、今回のコロナ禍と岡山フィルの対策の記録として書き残しておこうと思います。
 先月の下旬頃に電話にて定期演奏会マイシートの座席振替について打診があり、もちろん事情は理解しているので快諾。7月2日に振替後のチケットが送られてきました。
 振替後の座席は1席横に移動しただけとなり、自分としては全く異存のない変更でしたが、1階席の中央部分の人気のあるエリアは、おそらく振替に苦労したのでは?と思います。
 旧チケットは青色基調のデザインだったが、振替後はピンク色のデザインのものに差し替えられ、聴衆も主催者もわかりやすい配慮がされていました。旧チケットは返信用封筒に入れて事務局に返却します。この手続は事務局にもたいへんな手数がかかっているだろうと思う。
 京響やセンチュリー響などでは座席変更券を別途配布して、旧チケットと一緒に会場で提示する方式(京響では券面にQRコードを刷って、入場時にかざしてチェックインする方式らしい)が採られているようですが、全く違うデザインのチケットに交換するほうが間違いは無いと思います。
 同封物の中に、「来場のお客様へご協力のお願い」と書かれたものがあり(ホールのHPにも記載あり)、「発熱の場合は来場見合わせ」「マスクの着用と咳エチケットの徹底」「客席内やロビーでの会話を控える」「ブラボー禁止」などなど、一般的な対策について注意喚起がなされていましたが、一つ注目する記述がありました。
 それは、入場時のチェックで「37.5度以上の発熱」があった場合には払い戻しをする旨の記述があること。コンサートのチケットは主催者側の都合ではない限りは払い戻しは行わないのが通例であり、ベルリン・フィルやオペラ公演など数万円以上の公演には事故や病気などの場合に備えた払い戻し保険が存在します。感染が疑われる人を入場させないための、この時期だけの特例措置だと思われます。
 そして「分散退場」についての記述もあった。他のホールでもブロックごとやの退場を促して、密集を避けるための措置が採られていますが、岡山フィルの場合も定期演奏会は定員の50%以下だとしても900人以上の入場者がおり、岡山シンフォニーホールは間口の狭い出入り口が一箇所しか無く、分散退場の方式が導入されるものと思います。私自身はコンサート後は余韻をゆっくり味わいたいタイプなので、退場まで少々待つのは気になりません。
 なお、この分散退場については、すでに東京や関西のコンサートでは定着しているようで、退場待ちをする聴衆と演奏終了後のオーケストラ楽団員との間で余韻を共有する(拍手や会釈を交換するなど)ような場面もあるようですね。
 この他にも注目されるのは、「休憩時間」の取り扱い。「休憩のとり方」をめぐっては、2通りの考え方があって、短めの演目を並べてこまめに休憩を入れるパターンと、休憩時間を設けず、トイレ等以外の用事を除いてホール入場から退場まで自席で過ごしてもらうパターンがあるようです。
 こまめな休憩パターンは、ホール内やステージ上の換気や消毒が行えるメリットがありますが、休憩時間中の客同士の接触により感染の可能性が発生する。休憩なしパターンは、入退場も分散入場・退場を徹底すれば、客同士の接触を極力減られられるが、客側としては窮屈な思いをしなければならない。
 私自身は、クラシック音楽のコンサートは自席で黙って耳を傾けて聴くスタイルのため、音楽・舞台・スポーツなど数あるイベント興行の中でも、最も感染リスクの低い興行だと思っています。感染リスクが上がるのは、入退場時と休憩時間だけだろうと思います。
 とすればより安全性を追求すれば、休憩時間中の接触までコントロールする休憩時間なしパターンの方が利点があるのでしょうが、分別のある大人が集まるコンサートで、そこまでコントロールすべきかというのは議論の余地がありますね。
 
 休憩なしパターンを進めている代表格の京響は、本拠地の京都コンサートホールがトイレが集中型配置になっており、1階席の裏の半地下のトイレに聴衆が集中しやすいという構造上の問題がありそうです。岡山シンフォニーホールは各階のL側R側それぞれにトイレがあり、クロークや喫茶、物販も閉鎖しているとなれば無用な密集は起こりにくい気もします。休憩時間の取り扱いはこうしたホールの特性も考慮に入れる必要がありそう。
 次回のエントリーでは、岡山フィルのプログラムや日程について整理しておきたいと思います。

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岡山フィルの第九は別プログラムに変更 [岡山フィル]

 やはりというか、仕方がないですが、岡山フィルから早々と今年の第九を中止し、別プログラムへの変更が発表されています。
 合唱については、国内でもクラスターが発生していますし、オランダではアムステルダム・コンセルトヘボウでのヨハネ受難曲のコンサートで合唱団130人中102人が発病し、4人が死亡するという巨大クラスターが発生しています。

 学生合唱団のような感染リスクが低く、均一性の高い集団の合唱団であれば、対策を講じれば開催は可能かもしれませんが、第九の合唱団は高年齢者も多そうだし、様々な職域の人々が集まった合唱団なので、感染リスクの管理は不可能でしょう。ワクチンや抗ウイルス薬が流通するようになるまで開催は難しいのではないでしょうか。
 第九の代替プログラムは、指揮者は当初予定されていた川瀬賢太郎氏で、ベートーヴェンの交響曲第5番と第7番ということで、これはこれで楽しみになってきました。

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