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Alto de Campagne ヴィオラ・カルテット・コンサート [コンサート感想]

岡山大学Jホール レインボーコンサート Vol.76

Alto de Campagne ヴィオラ・カルテット・コンサート

オッフェンバック(中村翔太郎 編)/喜歌劇「天国と地獄」よりカンカン
J.S.バッハ(マーティン編)/4つのヴィオラのためのブランデンブルグ協奏曲第6番
モーツァルト(對馬時男 編)/歌劇「魔笛」より
ブルッフ(中村翔太郎 編)/4つのヴィオラのためのロマンス
松崎国生/ゔゐおら燃ゆる

2023年9月29日 岡山大学Jホール

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・鳥取・笠岡・赤穂・三田という西日本の田舎町(Campagne)出身のヴィオラ奏者4人のカルテット「Alto de Campagne」。20分ほど遅刻してしまい。初めの2曲は聞き逃したが、今回もヴィオラの音色を存分に堪能。翔太郎さん編曲のブルッフのロマンスが超絶名曲。日本人の祭りの心を表したような松崎国生/ゔゐおら燃ゆる も良かった。

・私は弦の音が本当に好きで、なかでもヴィオラが一番好き。オーケストラ・コンサートの座席選びは、ヴィオラの音が良く飛んてくる席を選んでいるくらい。

・オーケストラの世界には「ヴィオラ・ジョーク」というものがあり、
「新しく買ったヴァイオリン、盗まれたりしたらどうしよう・・・」
「いい方法があるぜ、ヴィオラのケースに入れておけば誰も盗まないよ」
みたいな自虐ジョークがあるようだ(岡山フィル・ヴィオラ奏者のSさんがゲラゲラ笑いながらラジオで紹介されていたww)。ヴィオラ奏者はヴァイオリンからの転向組が多いらしい。ヴィオラの音色やアンサンブルの核となって内声を担っていく醍醐味・面白さに惹かれて敢えて選択した人が多いようだ。

・実際、何度かこのカルテットの演奏を聴いていると、本当に魅力のある楽器だと思う。4人ともヴィオラの音やヴィオラの可能性に惚れ込んでいるのがよく分かる。

・客席は洋乃理さんも仰っていたように「久々に見た1席飛ばしのソーシャル・ディスタンス」だった。もともと300人ぐらい入るホールだが、完全事前予約制で100人ぐらいに絞られていた。大学病院敷地内にあるホールには入院もしくは通院患者さんと思しき方々も見えられていて、医療機関はまだまだ厳戒態勢が解かれていないと感じる。そんな中でコンサートを再開したのは英断だっただろう。

・魔笛は、有名な序曲に始まって、夜の女王のアリアを始めとした名シーンのハイライトだった。編曲紗の對馬時生さんはこのカルテットの専属作曲家のような存在で、4人の実力やキャラクターに精通しているこらこその技巧や即興性の高い編曲になっていた。この曲は翔太郎さんが1st。

・ブルッフのロマンスは棚橋さんが1st。説明ではブルッフは当時はブラームスよりも人気があったとのこと。とてもロマンチックな曲調。アルカンのメンバーのヴィオラのサイズが結構違ってて、洋乃理さんが一番大きく、翔太郎さんが一番小さい。それもあるのか4人それぞれに音が違ってて、豊かな倍音が重なり合うから、弦好きにはたまらない響きになる。

・最後の松崎国生/ゔゐおら燃ゆるは、まさに4人の音楽性がぼうぼうと炎を立てて燃えるような演奏。ハンガリー舞曲ならぬ、日本民族舞曲といった曲調で、とても盛り上がった。

・洋乃理さんがヴィオラ用の曲が少ないので、作曲してもらったり編曲したりしながらレパートリーを ある種のフロンティアを開拓する自由を感じておられるのでは?

・ヴィオラって音域はヴァイオリンやチェロよりも狭いはずだけど、まったくそれを感じさせない編曲とアンサンブル、かつ、まろやかかつ太い響きを存分に堪能した。

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日本センチュリー交響楽団福山公演 指揮:飯森範親 Vc:佐藤晴真 [コンサート感想]

オーケストラキャラバン
日本センチュリー交響楽団福山公演

指揮:飯森範親
チェロ独奏:佐藤晴真
コンサートマスター:松浦奈々

ドヴォルザーク/チェロ協奏曲ロ短調
シベリウス/カレリア組曲
  〃  /交響曲 第7番 ハ長調
  〃  /交響詩「フィンランディア」

2023年9月18日 福山リーデンローズ大ホール

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・何と言っても念願かなって聴くことができたシベリウスの7番!東瀬戸内市地域では、まずお目にかかれないプログラムで、秋山&広響がシベリウスチクルスをしたときがチャンスだったが、3,5番は聴けたが7番は予定が合わず・・・。そこにオーケストラキャラバン事業で降って湧いたようなチャンスが到来。

・客席は3階席閉鎖で、2階席も人はまばら、1階席も後ろ半分は空席が目立つ感じで、35%(700名)ぐらいの入りか、と思っていたら、中国新聞の記事で600人と判明。事前に指揮の飯森さんの動画で情報発信していたり、昨年に同ホールのリサイタル・シリーズに招聘した佐藤晴真さんを起用するなど、努力は垣間見えるが、根本的なところに問題があると思う。それは最後に触れる。

・諸事情があり(これについても記事の最後に述べる)前売り券を買わずに当日券を購入したのだが、ステージ至近距離は佐藤晴真めあてのお客さんで埋まっていたほかは、まさに良席選び放題の状態。空席が多いときのリーデンローズは、典型的な「風呂場音響」になるので、天井桟敷族の私ではあるが、ステージに近い直接音が降り注ぐ2階サイドの席にする。

・このリーデンローズは、クリスティアン・ツィメルマンとグラモフォンのスタッフがたいそう気に入り、シマノフスキ作品集のレコーディングを行った「名ホール」として名を轟かせつつあるが、ピアノ演奏は良いとしても、オーケストラだと客席が大方埋まらないと残響が豊富すぎて各楽器の音の分離が甘いと感じるのだ。

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・編成は1stVn10-2ndVn8-Vc5-Va6、下手にCb5の10型変則2管編成。2018年6月以来のセンチュリー響だったが主要メンバーはほぼ残っており、耳に馴染んだセンチュリーのサウンドを堪能した。その一方でObに大森さん(大フィル)、チェロ首席に金子鈴太郎さんなどの助っ人を入れていた。そうそう、3番トランペットには岡山フィルの横田さんのお顔も。

・さて、演奏順不同になるが、まずは念願かなったシベリウス/交響曲第7番の感想から。「滋味深い」「枯淡の境地」・・・この曲に対する私のイメージを吹き飛ばすようなセンチュリーの快演だった。

・こんなにスケールが大きい曲だったのか!というのが第一印象。他にも、「こんなリズムが内在する曲やったんや」「脈絡なく鳴っているように思っていた場面も、はっきりと美しい和声が聴こえてくるやん」「ここでこんな響きになるんや!」などなど、発見の連続だったのだ!やっぱり、生で、いい演奏で聴かなきゃわからんもんです。

・この曲、この日の4日後の第275回定期演奏会で取り上げる曲なんですよね。本拠地の定期演奏会と同一曲目を持ってきた飯森さん、センチュリー響の決断に感謝してもしきれない。

・コロナ前はハイドンマラソンにも通って、このオケの超高機能アンサンブルを体験した者とすれば、アンサンブルの精度、という点ではたぶん定期演奏会ではもっと完成度を上げていくんだろうな?という感じはあった。しかし、オケのハーモニー、音のテクスチャの心地良いこと心地良いこと!このオケは、音色に徹底的にこだわってるよなあ。強奏する場面でも音が濁ったりベチャッとなったり絶対にしない。ホントに素晴らしい時間だった。

・さて前半のドヴォルザークのチェロ協奏曲。ソリストは佐藤晴真さん。実は曲目とソリストは岡山フィルの10月定期ともろ被りで、指揮も秋山さんの教え子でもある飯森さんという、『聴き比べ』の興味も尽きない組み合わせである。

・佐藤さんは、福田廉之介くんの主宰する「THE MOST」の初期メンバー。ドヴォルザークの「森の静けさ」のソロを聴いて、その理屈なしに魅力的な美音に惚れた。

・なんでこんなに切ないほど美しい音が奏でられるのか。涙腺緩みっぱなし。ソロに付けるセンチュリーのオケパートも唖然とする巧さが。コンマス松浦さんとの二重奏も最高でした。佐藤さんはホームページを拝見すると、今年の10月だけで7回もコンサートが組まれている。どこもかしこも引っ張りだこである。

・第1、第3楽章も魅力的なメロディーが洪水のように聴き手を魅了するのだが、私はこの曲のキモは、第2楽章をどのように「語る」かにあると思っている。チェリストとオケによって、人生を振り返る老人の風格であったり、叶わぬ恋の切なさであったり・・・、さて、佐藤さんとセンチュリーの共演は、「若者の旅立ち」という言葉が似合うような演奏だたように思う。大きな旅に出る前でもいし、就職・進学でもいいだろう。純白の未来に向かって大きな希望と不安を抱えながら出発する若者の爽やかさや、それを見守る親の安堵や寂しさ、色んな感情がないまぜになるような、表現だった。

・アンコールはカタルーニャ民謡(カザルス編曲)の「鳥の歌」。超絶技巧のハーモニクスにも耳を奪われるが、やはり彼の美音に魅了される時間。

・後半の1曲目はカレリア組曲。シンコペーションがキモになっている曲だが、軽快に颯爽とした演奏。文句なしにかっこいい。日本のオケだと「ズンチャッズンチャッ」とズンドコ節になりがちな曲なのだが、流石、センスの塊の飯森さんとセンチュリーのリズム感が素晴らしい。リーデンローズの空間を響かせるツボみたいなもの得たようで、かるーく弾いてるようでいて誠に力強い演奏。

・シベリウス7番のあと、最後はフィンランディアで締める。本来であればシベリウス7番で終わって、フィンランディアはプログラムに載せずに、ゲネ1回通してぶっつけ本番アンコール!なノリでやるのだろうが、きちんと仕上げて披露するのがセンチュリーらしい。冒頭から金管をブリブリに鳴らし、10型とは思えない弦の芳醇な音。「スオミの歌」の部分の木管も素晴らしい、クラリネット持丸さんやフルート永江さんの「ザ・センチュリー」といえる気品ある音と、かなり厚めに鳴らす大フィル大森さんの音が意外に相性が良く、聞き惚れる。大団円の集結でお開き。



最後に少しリーデンローズへの 愚痴 提言


・冒頭に書いた通り、ホールの色々な販促にも関わらず、客席の入りは低調だった。だが販促・宣伝の前にやることがあるだろう、というのが僕の意見。


・岡山県在住者を主要ターゲットに、ネットチケットの充実など遠方からの「チケットを買いやすくする」という基本中のキホンが出来ていないのてある。


・今どきホール独自のネットチケットも無く、ぴあやローチケで買おうと思っても座席指定で買えないんですよ。プレイガイドは福山市内と広島市にしか無いから、こんなに近くて便利なのに岡山県在住者は本当にチケットが買いにくい。ってことで私も早々に当日券で行くことにしてました。

・これって結構機会損失だと思うんですよ。前売りで買っていないと、当日の欠席率は高くなる。まだまだ外も暑いし、他の用事も済ませたいし、福山までの快速サンライナーがコロナを機に廃止されて各駅停車しかないし、もう行くのやーめた。と直前まで思っていました。シベリウス7番が僕の重い腰を上げるキッカケだった。

・岡山シンフォニーホールも2000年代頃は集客が低迷していたが、岡山フィルの楽団改革と、ネットチケットの導入などのホールの営業改革で、かなり集客は伸びた。今は福山・備後だけでなく、四国からも結構集客してますよ。福山市も岡山市と同様に、市内の需要だけではホールを満席にはできない。ホール事務局さん、よーくお考えを。


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・新幹線ホームから見た、令和の大改修を経た福山城。各停があまりにまどろっこしいので、帰りは新幹線にしたのだが、3連休最終盤の上りだったため、えらい混雑でした。センチュリーの楽員さんも乗られてて、ホントお疲れ様でした。

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ハレノワこけら落とし公演 ケルビーニ/『メデア』 [コンサート感想]

NISSAY OPERA 2023

<岡山芸術創造劇場ハレノワこけら落とし公演>
オペラ『メデア』

全3幕[イタリア語上演、日本語字幕付、新制作] 


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作曲:ルイージ・ケルビーニ
指揮:園田隆一郎 
演出:栗山民也 
管弦楽:岡山フィルハーモニック管弦楽団(コンサートマスター:藤原浜雄)
出演

メデア/岡田昌子、

ジャゾーネ/清水徹太郎

グラウチェ/小川栞奈

ネリス:中島郁子

クレオンテ:デニス・ビシュニャ

第一の侍女:相原里美、第二の侍女:金澤桃子、衛兵隊長:山田大智

合唱:C.ヴィレッジシンガーズ



あらすじ=ハレノワHPより=
 国王クレオンテは、数々の冒険に出かけて偉業を成し遂げた英雄ジャゾーネに娘のグラウチェを嫁がせる事にした。しかしグラウチェには前妻メデアの存在が重くのしかかっている。ジャゾーネは強引にメデアと離縁をしているからだ。
 クレオンテに謁見中のジャゾーネの前に、メデアが現れる。かつて交わした愛と、奪われた二人の子どものことを訴えるが、ジャゾーネに冷たく拒絶される。
メデアは悲嘆と怒りのあまり、復讐を誓うのだった。


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 ハレノワの杮落としにふさわしい、記録にも記憶にも残る舞台だったように思う。
 流石に日生劇場のプロダクションで、すでに東京でのプレミエを絶賛のうちにやり終え、すでに完成された座組なので、素晴らしい舞台になることは予想はしていたが、私が岡山で見た数少ないオペラの中でも群を抜いて素晴らしかった。

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 まずはメデア役の岡田昌子さんの歌唱、演技が見事すぎて・・・。他の歌手陣、合唱も演出も照明も舞台装置も「岡山でこれほどの舞台が見られるんや」という興奮を抑えられない、ハレノワの今後に期待を抱かずにはおられない舞台だった。

 オケピットの岡山フィルはベストメンバーで臨んだが、第1幕ではあまりにもデッドな音響に苦労している印象。私自身が岡山シンフォニーホールに慣れすぎてるのもあるのだが、シンフォニーHで響かせる豊かな倍音は望むべくもなく、アンサンブルの纏まりも悪かった。
 舞台が紡錘状にピットに迫り出していて、それは歌手陣がまるで歌舞伎の花道のように客席眼の前まで出てくるという抜群の効果があったが、オケが左右に分断されるという犠牲もあった。

 ところが、そんな悪条件の中、第二幕からやおら調子が出てきて、第三幕は圧巻の演奏だった。第三幕では少ない残響を逆手に取って、ここぞという場面でプレストで畳み掛け、岡田さんのメデアの狂気と見事にシンクロし、流石は我らが岡山フィルだ、というものを見せてくれた。それはオペラ指揮者の園田隆一郎の面目躍如でもあり、息を詰め手に汗を握りながら鑑賞した。


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・オーケストラの編成は、下手手前にCb4、1stvn8-Va6-Vc5-2ndvn7という岡山フィルでは珍しい対向配置。木管は2管編成で上手奥の方。ティンパニはVcの奥に位置。ただ、舞台がオケピットに向かって紡錘状に迫り出しており、Cbと他の弦舞台がやや分断されている。

・第二幕では舞台裏に合唱とバンダを配置し神の啓示のような効果を出していたが、この管楽アンサンブルもすごく良かった。カーテンコールでは披露されなかったが、とりあえずtwitter情報で津上真音さん(Ob)が乗っていたらしいことはわかったのだが。

・途中、フルート(畠山首席)とファゴット(客演の中野陽一朗さん)の素晴らしいソロが聴けた。お二人共、舞台上の歌手と掛け合い、絡み合うような見事なソロだった。

・8月14日にあったプレ・レクチャーコンサートでオケからは畠山さんと中野さんが出演されていたようだが、このオペラの中にこれほど印象的で重要なフルートとファゴットのソロがあったんだ。うーむお盆は忙しくて行けなかったけど、聴きたかったな。

・さて、視線をオケピットから舞台上に移します。冒頭にも書いた通り、岡田さんの歌唱が素晴らしかった。特に第三幕はほとんど出ずっぱりでハイトーンが次々に続く場面でも、デッドな音響をものものせずハリのある歌を展開して客席を圧倒。憤怒に打ち震える場面では背筋が凍る様な衝撃を聴き手に与えた。このメデアは日本初演ということだが、これまで上演されなかった原因に一つに、メデア役をこなせる人が少ないこともあったかも知れない。

・そのメデアの周りを固めた歌手たちも素晴らしかった。youtubeにメデアの動画がいくつかあったので、1回だけ予習がてら見てみたのだが、元夫の妻を殺すところまではついていけないこともないが、最後には自分の子まで殺めてしまうというのは飛躍が大きすぎて共感できないな、と思っていた。ギリシャ神話には子殺し、親殺しのストーリーがよく出てくるが、エデュプス・コンプレックス文化圏の人々には受け入れられても、なかなか日本人には共感が得られにくいストーリーで、このこともメデアがこれまで取り上げられなかった大きな要因だと思う。

・しかし、今回の脚本・演出は聴衆の共感・没入が得られるように、うまく落とし込んでいたのだ。

・伊藤さん演じるクオレンテは君主としての威厳と同時に何でも自分の思い通りにしたいというマインドが見え隠れする、清水さん演じるジャゾーネの優柔不断さ、身勝手さと偽善など、周りの歌手たちがうまく演じたことで、メデアが抱える苦悩や二面性への説得力が増し、岡田さんの演技も相まって不思議とメデアに共感していく自分がいた。

・重要な役回りを担ったのが中島郁子さん演じるネリス。ダークサイドに落ちる前の王女メデアに侍女として付き従ってきたネリスが、第三幕では狂言回しの役割も担っていた。道を踏み外さないよう願うアリアが心に沁みた。

・メデアが自分の中の母性を殺す瞬間、そしてその後の騒動・事件〜クライマックスの真っ赤の照明演出の中から子どもの亡骸を抱え、上半身・顔が血まみれの状態でメデアが出てくる場面など、一連のハイライトのシーン、私の席からは園田さんがオーケストラにここぞとばかりの煽りを入れて、それはそれは古典派オペラとは思えない阿鼻叫喚の狂気!を創り出しているサマがはっきり見えた。私と同年代の園田さん。この世代で最も「振れる」指揮者だと改めて確信。岡山フィルはこの杮落としのご縁をトリガーに、園田さんとの関係を深めていって欲しいと思う。

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・子殺しのシーンにクライマックスを持って行った関係上、見せ場もなくあっさり&いつの間にか殺された(王妃の冠に毒が仕込まれて亡くなったとの設定)ことが告げられたヒロイン役のグラウチェ役の小川栞奈さんには気の毒な脚本だなと感じる。

・冒頭で、この劇場のデッドな音響について触れたが、「デッドな音響」と一口に言っても色々な種類がある。それについては後日、ハレノワ大劇場の感想としてまとめようと思うが、一言で表すと「唱高弦低」あるいは「管高弦低」と言えるだろうか。

・歌手のレチタティーヴォは発音まで明瞭に聴こえ、表情の変化も充分に読み取れる。やはり「劇場」としての臨場感やセリフの聴き取りやすさを追求した音響設計になっているのだろう。

・木管の音もよく聴こえた、その一方で、弦の音は岡山シンフォニーHで聴く音とは違い、僕の好きな岡山フィルの芳醇な音からはかけ離れていた。ところが第二幕以降はキチンとアジャストしていたのはさすが。

・私はオーケストラの豊かな音を聴きたい。今回のような古典派やバロックのオペラはいいとして、例えばプッチーニやR.シュトラウスなどは岡山シンフォニーホールで聴きたいかな。

・他の長所としては、客席とステージの距離が近く、1700席もあるホールにはとても思えない、舞台と客席との一体感があった。

・実は開演に間に合わず、1幕目の途中から2階席最後方の座席に入れてもらえたのだけれど、舞台との近さに本当に驚いた。

・大阪から私の敬するコンサートゴーアーのぐすたふさんが来られていたが、やはりキャパの大きさを感じないような舞台との一体感を感じたとのこと。びわ湖ホールの中ホールで見ているような臨場感があったそうだ。

・幕間の休憩中に平土間に降りて見ると、岡山シンフォニーHに比べると各階客席の階高が低い、これがコンパクトな客席の秘訣であり、残響の少なさの原因のように思う。



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