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「オーケストラ福山定期」爆誕! ①リーデンローズと広響・京響のねらい [オーケストラ研究]

 年明けに発表された福山リーデンローズの「オーケストラ福山定期」事業。広島交響楽団と京都市交響楽団という2つの有力オーケストラが、年間5回もの定期演奏会(うち、2回づつは中学生の招待公演)をリーデンローズ大ホールで開催するという前代未聞の試み。

 この事業について、ネット上でも衝撃と好意をもって受け止められた。 

 

 まずはリーデンローズからの公式発表を見てみよう。



『オーケストラ福山定期は、“音楽で心を育む街”、“文化都市福山”として福山市の国内外での知名度向上、住み易い魅力的な創造都市の形成を目指し実施されるものです。年10回の公演のうち、4公演は福山・府中圏域内の中学生2年生を全員招待公演となります。』



 東京交響楽団の新潟定期演奏会のように、大都市のオーケストラがフランチャイズ契約を結んで継続的に出演するという例はこれまでもあったが、2つのオーケストラが一つの会場・企画に競い合うように出演する、というのは前代未聞。広響、京響ともによく引き受けたなと思う。
 リーデンローズに限らず、地元にプロ・オーケストラを持たない地方都市では公演の絶対数が少ない上に、プロ・オケの地方公演はベートーヴェン・チャイコフスキー・ブラームス・ドヴォルザークなどのごく限られた楽曲でプログラムが組まれ、練習期間も1〜2日程度で仕上げられる。もちろんプロだから水準以上の演奏は聞けるが、私の経験上この手のコンサートは本拠地定期演奏会に比べると「これは途轍もないものを聴いた!」という経験は正直言って少ない。

 プロ・オーケストラの本拠地で主催公演として実施、する『定期演奏会』は特別な意味を持つ。定期演奏会には評論家や、長年、そのオーケストラを支えている耳の肥えた聴衆が聴きに来る。彼ら満足させるために本格的なプログラムを練り上げ、時間をかけて仕上げられ(初めて演奏するような曲は、何か月も前から個人練習を重ね、オーケストラが集まっての練習は3日間みっちり行うのが通例)、文字通りそのオーケストラの評価を賭して全精力を傾けて演奏される。その定期演奏会をリーデンローズ側が「興行リスクは被るから、とにかく本拠地定期演奏会と同じものを市民に聴かせてやってくれ!」と、大都市との「本物体験の格差」を一気に埋めにかかったことが極めて画期的なのだ。

 福山の聴衆が年間10回もの本格的な公演に接し「これは途轍もないものを聴いた!」という体験をするわけで、いかに前代未聞の企画であるかおわかりいただけるかと思う。


 リーデンローズ側も、赤字リスクを一方的に背負っているかと言えば、決してそうでは無い。本拠地定期の引っ越し公演の招聘には「本物体験の格差を一気に埋める」という最大のメリット以外にも、コスト面・興行面でもメリットがある。

 例えば東京のオーケストラを招聘して名曲で固めたような【よくある地方公演】を福山で実施すると仮定する。
 何十回と演奏してきた名曲と言っても、ソリストとの合わせや、指揮者の意図する音楽を表現するために、リハーサルは最低で1日は必要だろう(リハ1日は、かなりやっつけ感が強いが・・・)。前日からホールに入ってリハーサルを行うことになるから宿泊費もかかる。
 ここで【よくある地方公演】のコストを計算してみよう。想定はチャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲+交響曲第5番。


 楽員・スタッフの宿泊料:60人×1.2万円=72万円
 人件費(平均を1日一人3万円として)
            :60人×3万円×2日で360万円
 旅費:60人×4万円=240万円
 楽譜など諸経費:30万円
 チラシやプログラム等の販促費:30万円
 指揮者+ソリストのギャラ:100万円
 運搬・セッティング費:30万円
しめて総額860万円程度の経費がかかる。

  平均3000円のチケット代で、リーデンローズの普段の集客力=1200人だと、チケット収入は360万円。したがって差し引き500万円の赤字になる。

 これが広響・京響による≪本拠地定期引越し公演≫のパターンだと、本拠地定期演奏会の段階で既に演奏は完成されているからリハーサルは不要。広響は当日移動が可能、京響も開演時間をわざわざ16:00にしているので、午前中に各自で京都から移動し、本番前ゲネプロは12:00開始ぐらいでやるのだろう、したがって広響と同じく宿泊費は不要。
 本拠地定期と同一プロの翌日公演だから、リーデンローズ側が負担すべき楽員・スタッフの拘束日数は1日のため人件費も1日分で済む。

 ざっくり計算して≪本拠地定期引越し公演≫は【よくある地方公演】に比べて、意外にもにも370万円ほどの経費が浮く。
 アルプス交響曲やショスタコーヴィチなどは、編成も巨大で人件費のみならず特殊楽器のレンタル料や運搬料などもかかってくる、指揮者やソリストの実績やネームバリューによっては報酬は100万円単位で高くなるだろう。それを加味しても【よくある地方公演】と同程度のコストで回すことは充分に可能であり、世界一流レベルのソロ演奏や巨大管弦楽による大スペクタクルの特別な体験として聴衆に還元される。

 9月(京響)、11月(京響)、2月(広響)のような60人程度の古典派・前期ロマン派の編成なら、【よくある地方公演】よりも安くなるパターンも充分に有り得る。

 リーデンローズ側だけでなく、オーケストラ側にもメリットはある。京都市交響楽団は 2008年の広上淳一常任指揮者就任以来、定期演奏会2日連続公演の完全実施を悲願としてきた。日程が2日間あると、聴衆も都合がつけやすいし、何より『本番』を2日経験することによるオーケストラの演奏能力の向上というメリットは大きい。私も京都観光を兼ねて、土日の2日とも京響の定期演奏会に足を運んだりしていたが、2日目の公演で、演奏内容の次元が一段上がるような体験をしたことも多い。

 2019年の事務局さんのインタビューでは
「いずれは定期演奏会全てを2日公演にしたいのですが、現在は偶数月が1日、奇数月が2日公演と決めています。集客を考えて、出演者やプログラミングに工夫をしてはいますが、2日公演をいっぱいにするのは大変なことが多いのが現状です。しかし、ここで1日に戻してしまえば、今、キャパ1800を超えてご来場くださっているお客様に聴いて頂けなくなります。まだまだ大変な道のりですが、2日公演3600の客席をいっぱいに出来るように、今が踏ん張りどころだと思っています。」

 とのコメントを出している。
 しかし、コロナ禍で状況が一変し、京都コンサートホールの立地の悪さ(大阪から1時間以上かかる)も災いして集客力が低下。そのため日曜日公演を廃止し、金・土連続公演の場合は金曜日公演を『フライデーナイトスペシャル』と称し、プログラムを土曜日公演よりチケット代を1500円ほど安くする戦略に転換していた。

 来年度からの福山定期5公演(一般公演3公演+中学生招待2公演)の参入によって、変則ではあるが定期演奏会2日連続公演の完全実施に一気に近づくことになったわけだ。

 広響も、『プレミアム定期』や大阪・東京公演などを除いて、定期演奏会は原則1日しかないが、年に5回も2日連続公演が組まれるようになれば、演奏力が向上する足掛かりになるだろう。

 次に考察するのは、リーデンローズだけでなく、それをバックアップする福山市の狙いである。
 年間10回のプロ・オケの本拠地定期引越し公演、しかも4回はチケット代を取らない中学生招待公演となれば、4000万円~5000万円の補助金が必要になるだろう。これは岡山市が岡山フィルに対して支出する補助金を軽く凌駕する。

 ここまでの予算を組むメリットはどこにあるのか?冒頭にも掲載した、リーデンローズからの公式発表の中に、重要な言葉があった。

『オーケストラ福山定期は、“音楽で心を育む街”、“文化都市福山”として福山市の国内外での知名度向上、住み易い魅力的な創造都市の形成を目指し実施されるものです。年10回の公演のうち、4公演は福山・府中圏域内の中学生2年生を全員招待公演となります。』

 拙ブログを以前からお読みいただいている方はピンときたのではないですか?
 続きは記事を改めます。

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コメント 3

サンフランシスコ人

福山観光コンベンション協会のウェブサイトを見てみました.....

http://www.fukuyama-kanko.com/travel/

フランス語とスペイン語がないのですね.....カトリックの国の人々はHiroshimaに興味を持っているのです....
by サンフランシスコ人 (2024-01-25 03:53) 

ヒロノミン

>サンフランシスコ人さん
「カトリックの国の人々はHiroshimaに興味を持っているのです....」

 そうですね。これから対外的に知名度を上げていくには、そういう対応も必要ですね。
by ヒロノミン (2024-01-28 15:37) 

サンフランシスコ人

広島県は、フランスから聴衆が(福山演奏会を)聴きに来て欲しいのでしょうか?....福山のフレンチ料理とお城見学との組み合わせで満足する一日を過ごせるでしょうか?
by サンフランシスコ人 (2024-01-31 03:53) 

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