SSブログ
コンサート感想 ブログトップ
前の10件 | -

東京都交響楽団 岡山公演 小林美樹(Vn) 下野竜也 指揮 [コンサート感想]

オーケストラキャラバン 東京都交響楽団 岡山公演

グリンカ/歌劇「ルスランとリュドミラ」序曲
メンデルスゾーン/ヴァイオリン協奏曲 ホ短調op.64
チャイコフスキー/交響曲第5番 ホ短調

指揮:下野 竜也
ヴァイオリン:小林 美樹
コンサートマスター:矢部達哉


20210913.jpg


・岡山での緊急事態宣言明け初日(ただしまん延防止措置に移行)のコンサートとなった。8月末のN響岡山公演をパスせざるを得なかった私にとっては今年初めての岡フィル以外のオーケストラ公演になる。

・都響の岡山公演は新聞情報では17年ぶりらしいが、実は岡山シンフォニーホールと都響は縁が深い。都響の芸術主幹の方は岡山シンフォニーホールの元プロデューサーで、逆に岡山フィルの音楽主幹の方も元都響のホルン奏者。その縁もあり都響は岡山フィルによく奏者を派遣してくれていた。恐らく岡山フィルが日本オーケストラ連盟に加入したときも都響の推薦があったのではないかと思う(加入条件に正会員からの推薦が必要)。一方で都響そのものが岡山に来ることは少ない。

・都響は国内トップのオーケストラでありながら、東京都という地方自治体の管理下にあるコミュニティ・オーケストラの側面を持つ、2,3年に1度のペースで岡山に来てくれるN響や、5年に1度のペースで来てくれる新日本フィルに比べると地方公演に対するウェイトが低くなるのはやむを得ないか。

・twitterで #オーケストラ・キャラバン で検索すると、今まさに全国で色々なオーケストラが散らばって公演している様子が見て取れる。都響が引っさげたプログラムは名曲プロだが、指揮者に下野竜也、ソリストに小林美樹というのは、その中でも最高の陣容だろう。

・オーケストラの編成は1stvn14→2ndvn12→Vc8→va12、上手奥にCb6という、本っっっ当に久しぶりの巨大編成の弦部隊は壮観だった。管楽器は2管編成。お客さんの入りは3階席閉鎖の状態で6割だから1000人ぐらいだろうか?高校生の姿が目につく。

・さて、1曲目の「ルスランとリュドミラ序曲」。いやー、やっぱり都響、上手いわー。技術だけじゃなくて、舞台上から最高のバランスの音が、つむじ風に乗って届いてくる感じ。もう、あまりの美味すぎる演奏に、横隔膜が勝手にヒクヒクして笑いがこみ上げてくる。凄い現象に直面したときは、もう笑うしか無いことを実感した。

・そんな凄い演奏を奏でる都響はわりと涼しい顔で演奏している。70%ぐらいの力加減だ。これは批判しているのではなくて、欧米の一流オーケストラの来日公演でも感じることなのだが、実力のレベルが高すぎて、競馬に例えれば(なんで競馬?、いや、自分の中ではこれが解りやすい)、第4コーナーを鞭を全く入れずに馬なりで先頭に立って、そのままぶっちぎりで5馬身差でゴールするようなもの。

・都響のつむじ風のような音圧に負けじと、客席の拍手も熱い。わずか5分程の1曲目への拍手にカーテンコール起こった。都響の演奏がすごかったこともあるが、みんなこういうナマの音楽に飢えているんだな。まるで1週間餌をやらなかったワニ園の池に肉を放り込んだみたいな熱さ。

・2曲目はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。オーケストラは10型に刈り込んでいる。ソリストは小林美樹。美しくエレガントな音。第2楽章の演奏は、これが夢心地というのだな、というような麗しい音楽。テクニックも素晴らしく、とりわけ音程の正確さが印象に残った。ハイトーンに対し麗しい音で全くブレることなく、正確に当てていく。

・正直、メンデルスゾーンのコンチェルトでは、そのテクニックを持て余している感じがするほどの余裕が感じられる演奏だった。前日の福田廉之助くんの、まさに身を削るような演奏が記憶に残る聴衆としては、少々食い足りなさが残ったが、このコロナ禍の最中に。このレベルのソリストを同じホール、ほぼ同じ座席で連日聴けたのは奇跡というほかない。

・メインはチャイコフスキーの交響曲第5番。たぶん下野さんのチャイコフスキーを聴くのは、これが初めてじゃないかな。指揮者もオーケストラもとにかく凄い熱量で、鉄壁のアンサンブルを聴かせてくれた。

・今から6年ほど前、ブログやSNS上でインバルとのマーラー・サイクルの録音が話題になっていて、自分も5番のSACDを購入して聴いて、文字通り度肝を抜かれた
 自分の中でマーラー録音のベンチマークの一つとなっていた、インバル&フランクフルト放送響との録音より、明らかに優れている。特に弦楽器の厚みとアンサンブル能力は都響が圧倒していた。「日本のオーケストラもここまで来たんだ!」と感動して、何十回と繰り返し聴き、頭の中に『都響サウンド』がインプットされてしまった。曲目は違えど、この日の下野&都響のチャイコフスキーは、間違いなくあの『都響サウンド』を、私にとってのホームの岡山シンフォニーホールに現出してくれた。

・金管がどれだけ鳴っても、それをものともしない弦の強靭な音が客席に迫ってくる。このホールで演奏されたチャイコフスキーを思い出して見ると、これほどパワフルな弦はサンクトペテルブルグフィルを聴きた時以来だ。

・その弦はここぞという時の「泣き」が凄い。第1楽章の長調に転調した後の第2主題が盛り上がる場面しかり、第2楽章の第2楽章がどんどん音階上昇で盛り上がる場面(昭和の関西ローカルCMネタで言うと、「エスモンパワー!」で有名な部分ww)の弦楽器が主導する音のうねりと「泣き」は壮絶だった。下野さんのタクトも燃えに燃えていた。オーケストラの奏者たちも額に汗を浮かべて顔を紅潮させながら必死に演奏している。演奏技術だけじゃなくて、音楽の世界への没入度合いも深いんだな。

・第3楽章のワルツに心踊る。ずんぐりむっくり(失礼!)な感じの下野さんが、つま先で踊るような軽快なタクト(ほんと、この方って身体の使い方のセンスが抜群に上手いんだよなあ)に呼応して本当に軽やか。聴き手の心も踊り、めっちゃ愉しい!!

・でも、中間部の16分音符の部分に入ると、深い影が差す。この心踊るワルツは、マスク必須の見えない敵に怯えて他人との接触を避けて暮らさあるをえない世界にいる我々から、マスク無しでコンサート・舞台を見にぎゅうぎゅうに満員のホールに足を運んだり、パーティーや飲み会で気勢を上げて騒いだりしていたかつての世界を見て、心の穴に気づいたときの寂しさを現しているようだ。間には見えない仕切があって、かつての世界には戻れない・・・。この楽章のワルツをこんな複雑な気持ちで聴くことになるとは。。。

・第4楽章の推進力、鋼のアンサンブルは我が地元のホールを震撼させ、音の振動に包まれる感動を味あわせてくれた。このオーケストラは奏者全員が、瞬間瞬間に変化していく音楽を、どの瞬間も最適なポイントに力を凝集することができ、2倍3倍にも増幅されたパワーにすることが出来る。

・第4楽章での通奏低音を担うコントラバスの音が、客席に風を運ぶようにドッドッドッドッ、と鳴る。やがてそれはホールの聴衆の拍動と重なり、この場に居る者を一つにするようだ。低音なのに下から鳴るというよりも、ホール壁や天井が呼吸をするように鳴る。こんなベースの音があるんやね。

・指揮者の意図に対する理解も深いのだろう。オーケストラに全く迷いがなく、あまり経験のないはずの遠征公演のホールでも持ち味のサウンドの響かせ方を知っているようだ。

・弦を中心としたオーケストラの鋼のアンサンブルばかり取り上げてしまったが、第2楽章でのホルン、オーボエ、第3楽章のクラリネット、ファゴット、あるいは第4楽章最後のトランペットなど、管楽器のソロも柔らかく美しくて、強奏でなお輝きを増すような音にも感動した。

・アンコールはメンデルスゾーンの交響曲第5番「宗教改革」から第3楽章。下野さんらしい粋な選曲。そうそう、演奏後に「この東京居交響楽団には全国から音楽家が集まっています。岡山出身の方もおられます。フルートの小池さんです」と、地元出身の奏者を紹介された。これも下野さんらしい粋な演出だった。

・コロナ禍が無ければ、東京オリンピックの前後に海外から沢山の観光客が訪れ、1964東京オリンピックのレガシーとして発足した都響の素晴らしい演奏を世界各国の人々が聴くはずであっただろう。開会式の入場行進での演奏は話題にはなったが、そういった鬱憤もあったかもしれない。

・意外だったのは、インターミッション中やカーテンコールの間の楽員さんの雰囲気が思いの外、気さくな感じだったこと。都響にたいして自分は、クールなイメージを持っていたが、真逆だった!1曲めから2曲めの舞台転換の時は、ヴァイオリンみんなで椅子を動かして転換作業に協力したりしていて(オーケストラによっては、楽員さんが一切手を出さないところもあるので)、「へええ、こういう雰囲気なんだ」と思ったのだ。

・また、このオーケストラの演奏を聴けることを願って、帰路についた。マスクをして飛び出した外の空気は2年前と変わらない。

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

スペシャル・ガラ・コンサート 中桐望(Pf)、森野美咲(Spo)、福田廉之助(Vn)、矢崎彦太郎&岡山フィル [コンサート感想]

岡山シンフォニーホール開館30周年記念 スペシャル・ガラ・コンサート

I am a SOLOIST から世界にはばたくヴィルトゥオーゾたちの饗演

20210912.jpg


グリーグ/ピアノ協奏曲(※1)

モーツァルト/モテット「Exsultate Jubilate」(※2)
プッチーニ/歌劇「ジャンニ・スキッキ」より「私のお父様」(※2)

山田耕筰/からたちの花(※2)

〜 休 憩 〜

ブラームス/ヴァイオリン協奏曲(※3)


指揮:矢崎 彦太郎
ピアノ独奏:中桐望(※1)

ソプラノ独唱:森野美咲(※2)

ヴァイオリン独奏(※3)

管弦楽:岡山フィルハーモニック管弦楽団
コンサートマスター:高畑壮平


2021年9月12日 岡山シンフォニーホール


 このガラ・コンサートと、都響の岡山公演が2日連続するという、盆と正月がいっぺんにやってきた状態だが、今は自由時間が30分ぐらいしか取れないので、徐々に更新していこうと思う。よろしければ気長にお付き合いを。


 今回も箇条書きにします。


・このコンサートも緊急事態宣言にかかってしまったため、3人の故郷が生んだスターによる折角の凱旋公演ではあったが、発令と同時にチケット売止、会場は1200人ぐらいだったかな。


・今回のコンサートは、岡山シンフォニーホールの開館30周年の記念行事でもあり、記念品(ボールペン)も頂いた。プログラムはこの30年のあゆみを簡単に振り返る記事もあった。「いらんこと言い」の自分としては、小泉和裕ミュージック・アドヴァイザーに関する記述が一切無いのはどうなのか?と言いたくはなったが・・・。


・今回も「コロ中の中でのコンサート参加自粛の自己基準」により、リスク計算を実施。

直近一週間の新規感染者数の平均値:82人

来場予想者数:1400人       以上の想定で計算。
82人✕0.2(無症状感染者割合)✕10(日数)=164人
82人✕3日(発症前でウイルス放出状態)=246人
(164+246)/1,900,000(岡山県の人口)=0.022%
1400人✕0.022%=0.31(人)
 ということで、無症状でコンサートに来てしまう人は0.31人ということで、かなりリスクは低いと判断した。


・今回はピアノ協奏曲があるので、中央より左側に人が集中すると読んで、あえて右側の座席をとったところ予想は見事に的中。隣に人が居ない状態で落ち着いて見ることができた。ピアニストの手元は見えなかったが、中桐さんの表情がよく見えて、充分に楽しめた。よくよく考えてみたら、自分はピアノが弾けるわけでもないので、鍵盤視認席にこだわる必要は無いなと(笑)


・ホールに入った瞬間、元大フィルの名ハープ奏者の今尾さんがステージ上で音出ししている様子が目に入った。ハープが登場する曲はプッチーニの1曲だけで、なんと贅沢なことか。オーケストラは1stVn10→2ndVn8→Vc6→Va6→上手にCb4の10型2管編成。弦五部は東京・関西組の首席奏者が勢揃い。管楽器は客演首席が多かったが、グリーグで大活躍するフルートは畠山さん、ブラームスで大活躍するオーボエは工藤さんが乗っておられ、岡山フィルらしいサウンドは健在だった。

 

・1曲めのグリーグのピアノ協奏曲。このホールの響かせ方を熟知している中桐さんだけあって、雑味のない力強い音を存分に響かせていた。オーケストラと一体になって音楽を構築していく感じで、この曲のシンフォニックな面を再発見した快演だった。


・オーケストラも、特に弦五部が良かったなー。とりわけこの日はヴァイオリン隊の音がいつもよりも洗練されていてとても良かった。瞬間瞬間でニュアンスたっぷり、情感たっぷりに聴かせてくれ、中桐さんの澄み切った力強い音と融合しながら大きなうねりを作り出していた。まるで絵画を次々に見ていくように瞬間瞬間が輝くような心に残る景色を見せてくれた。


・過去にグリーグのピアノ協奏曲を聴いたコンサートを思い返してみると、時間配分的に座りがいいためかブルックナーなどの重厚長大な交響曲の組み合わせで聴くことが多く。正直、この曲の演奏の印象が薄れがちな経験が多かったのだが、改めていい曲やなー。と感じ行った次第。


・白眉だったのは第3楽章のノルウェー舞曲風の場面。指揮者がヴァイキングの躍動を描くようにオーケストラをかなり鳴らしているにも関わらず、それに負けない強靭なピアニズムで中桐さんが応える。昨年の2台のピアノによるアンサンブルで聴かせたバーンスタインのウェスト・サイド・ストーリーでも思ったのだが、リズムに宿る叙情性や悲劇性を表現させると聴き手の心に迫ってくるような演奏になる。腕二本で劇的なドラマを作れるピアニスト。彼女の演奏でまたコンチェルトを聴きたいな(岡フィルさんお願いしまッサ)。


・続いて森野美咲さん。ブラームス国際コンクール優勝という、岡山の声楽界の歴史を変えた快挙の後、コロナ禍でなかなか実現しなかった凱旋公演だ。

 まずもってモーツァルトのモテットがは絶品だった!司会の山本アナウンサー(元OHK、夕方の顔だった方)の「本当に気持ちのいい歌でしたね!」というご感想に心から同意。この曲、実演で聴いてみると「夜の女王のアリア」に匹敵する難曲だ。その難曲を正面突破していく、あまりのパワフルかつ気持ちの良い歌唱に、愉悦で背筋が震えた。特に高音の伸びは本当に天に召されそうな「ほわーっ」とした浮遊感を味わうような感じになった。1曲目でカーテンコールが鳴り止まない盛り上がり、会場のみんなで「これは凄い!」という思いを共有した。


・森野さん自身もコロナ禍のなかでの凱旋公演への歓びに満ち溢れているようで、舞台上での彼女の輝きが眩しく感じられた。


・プッチーニの「私のお父さん」は、このホールでも何回か聴いているが、これほどホールを響かせた歌唱は無かったと思う。モーツァルト、プッチーニともに、矢崎さんのタクトによるものか、いつもとは違う岡山フィルの音を聴けたことも収穫だ。


・からたちの花は、ヴィブラート抑えめのピュアな声を聴かせてくれた。なんと心にしみる情感を表面上は抑えつつも心の内の熱さが感じられた。もう、こんなのを聴いてしまったら泣いてまうがな。


・休憩を挟んで、岡山の期待を一身に背負う福田廉之助くんが、いよいよブラームスの協奏曲に初挑戦する。


・休憩中にソリストの位置に椅子が置かれた。「荷物か道具を置くのかな?」と思っていたら、演奏開始の拍手の後、廉之助くんが椅子に座って出番を待つ。この光景は初めて見た。ふと、土曜日に放送された福田くんがDJを務めるラジオ番組で、「ちょっと自立神経がやられてしまったみたいで、立ちくらみの症状が出た」と仰っていたのを思い出す。ただでさえハードな曲なのに、大丈夫なんだろうか・・・という心配を他所に、期待を大きく上回る演奏を聴かせてくれた。


・この曲は、まずヴァイオリンのソロが入ってくるところが勝負所。まるで交響曲のような重厚な序奏に続いて入ってくるヴァイオリンがオーケストラに負けてしまうと、その時点で勝負ありになってしまう。しかし、やはり廉之助くんはやってくれた、オーケストラに負けないどころか、ホール全体に強靱なニコロ・ガリアーノの深みのある美音を響かせた。

・これが本当に21歳の演奏なのか?迷いが無く、初めてのこの難曲への挑戦にも関わらず何かを試す、ということも全く感じさせない、確信を持った演奏だった。一つ一つのフレーズにそれぞれ意味があって、現時点での福田廉之助のすべてを投入した演奏は鳥肌モノだった。

・第1楽章のカデンツァが圧巻だった。情熱的とか、技巧が凄いとか、そういう次元で感動したのではなくて、なんという心を打つ、人間味あふれるヴァイオリンだろうか。

・廉之助くんのブラームスは厳しい・強靱なだけではない、時折、オーケストラの方を向いて、色気のある音で挑発したり、やさしい音で語りかけたりしながら、それに触発されたオーケストラと一緒に音楽を構築していく。時には指揮者の矢崎さんと顔を突き合わせるような感じで、「今、この瞬間に生まれる世界」を意欲的に創作していく。未知のウイルスに人類が直面してまもなく2年・・・、そんな中で、今、目の前で行なわれている創造の営みがどれほど貴重で愛おしいことか・・・そんなことをしみじみと噛みしめるながら聴いていた。

・ソリストとオーケストラの共同作業は、第2楽章が見事だった。愛情あふれる表現で会場の人々の心を包み込んでいくような演奏だった。彼の演奏から岡山への思いを感じ取ったのは僕だけだろうか。それに対して見事な演奏で応えた岡フィルの木管陣も素晴らしかった。

・オーケストラの方は、特に自分第1楽章の前半は調子が出なかったように思う。第1楽章冒頭のヴァイオリン・ソロが入って来た直後、ソリストと木管を中心にしたオーケストラとの掛け合いの場面で聴いている自分も冷や汗がでるような危ない場面があった。オーケストラが止まりかけたと感じたのは僕だけか?何が起こったのかはよく解らないのだが、指揮が合わなかったのかな?廉之助くんもオーケストラも落ち着いて対応し、事なきを得た感じ。

・終演後に矢崎さんが思いのほか興奮されていたのが印象に残る。彼のキャリアの中でも廉之助くんの演奏は強い印象を残したのだろう。

・コンサートの後、オーケストラが舞台から退場後にインタビュータイムがあった。私は家族の元に戻らなければならなかったので、さわりだけ聞いて帰路についたのだが、どうやら廉之助くん、かなり体調が悪かったようで、リハーサルはずっと座って演奏をしていたそうだ。いやいや、そうは見えなかった、そんな状態であの演奏を披露したのか・・・信じられない。

・ヨーロッパ最高峰の音楽院で研鑽を積みつつ、日本とスイスを何度も往復して演奏活動を続け、ファースト・アルバムも出し、そのうえ、室内オーケストラを立ち上げ、財団法人も設立。そこに入国規制による隔離期間も挟まる、いやいや、廉之助くん、働きすぎやって。。。どうか身体だけは大事にせにゃーおえんよ。


・最後の会場の拍手はすごかったなあ・・・。廉之助くんは、渋野日奈子とならんで、岡山の希望の星なのだと思う。岡山の人々の夢を載せて演奏してくれている感じがある。上の世代にも守屋剛志、松本和将、川島基といったクラシック音楽界のスターが居るが、ここまでの熱狂は無かったように思う。来月には彼が心血を注ぐ「THE MOST」の2回目の公演が楽しみだ。でも、くれぐれも無理しないで欲しいものの・・・・


やはりこんな予告動画を見ると、楽しみで仕方がなくなってしまう!

nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

岡山フィル 真夏の夜のベートーヴェン 石﨑真弥奈 指揮 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団

シンフォニーは友達!2021 真夏の夜のベートーヴェン


2021-08-12 oka_phil.png


プレ・レクチャー
ベートーヴェン/交響曲第6番ヘ長調「田園」


指揮:石﨑真弥奈
コンサートマスター:高畑壮平
2021年8月12日 岡山シンフォニーホール


・昼間に実施している子供向けの「シンフォニーは友達」という夏の恒例プログラム、せっかくオーケストラが集まっているのだから、ということなのかは不明だが、恐らく初めての試みとしてプレ・レクチャー付きのソワレ1時間公演が開催された。


・客足は、うーーーん。600人ぐらいかな。演奏時間が短いとは言えチケット代が2000円でシンフォニーを1曲がっつり聴けるのは、けっこういいプログラムだと思うんやけどね。


・編成は8型2管。1stVn8→2ndVn6→Vc4→Va4→Cb3。プログラムにメンバー表が無かったので(弦の方々はマスクしていて顔がわからん・・・)自分が見た限りの情報になるが、東京組の首席奏者は今回は乗っていなかったので、通常に比べると「飛車角落ち」までは行かなくても「飛車落ち」な感じは否めないが、にも関わらず、とてもいいアンサンブルを聴かせてくれた。


・クラリネット首席に座った松本さん、こんなに凄い人だったんですね。上手いだけじゃなくてこの大きなホールを鳴らし切る音の強さもある。首席の西崎さんの陰に隠れていたが、今回の再発見。ホルン客演首席は元東フィルの森博文さん(作陽大学音楽学部の教授をされているんですね)は流石の演奏だった。


・石﨑さんによるプレ・レクチャーはディスプレーも使いつつ、モチーフの紹介に生オケの演奏を使うという贅沢なものだった。けっこうがっつりした内容で(ほぼ音楽教室だ)、僕はたいへん面白かったが、「田園」を全部聴いたことがない人は理解できたのだろうか?もう一人(高畑コンマスとか)が絡んでトークセッション形式にすると、なお面白かったかも知れない。


・石﨑さんの指揮は初めて拝見したが、タクトを使わず、動きが靱やかで雄弁でスケールが大きく、自然な流れに中でオーケストラの音を引き出していた。これはオーケストラも演奏しやすかろう。第2楽章はプレ・レクチャーでも力点が置かれていたが、ここの各フレーズに意味を持たせて大きな自然の風景を描ききるさまは見事だった。演奏によっては居眠りポイントになるこの楽章がまったく眠くならなかった。


・一方で、(今回の企画の趣旨もあるのかも知れないが)、いい意味でも悪い意味でも「予測不可能性」といったものがなく、「この人、油断しとったら何をしてくるかわからんぞ!」という部分が欲しい気もした。山田和樹や川瀬賢太郎あたりが若手の頃は、そういうギラギラしたものが漲っていたのを思うと、もうちょっとはちゃめちゃな部分があってもいいかな。


・第3楽章〜第4楽章は高畑コンマスの「辻音楽家の血」が騒ぎ出したのか、なかなかハッスルされていて、弓がブチブチに切れていた。高畑コンマスのこういう、ノリのいい部分に入ると一気呵成に行くところが好きです。


・今回の編成だと、ホールを鳴らし切るところまでは行かず、できれば倉敷芸文館とかいずみホールのような800人ぐらいのホールで聴きたいところ。岡山芸術創造劇場の中ホールは演劇専用で反響板を付けないそうだが、このサイズのホールは案外、岡山には無いんだよな。


・今回の1時間の「ちょい聴きクラシック」、単独公演だと企画としては弱いかも知れないが、このブログで再三提案している、ラ・フォル・ジュルネ型音楽祭の公演としてはいいテストになったんじゃないだろうか?

nice!(1)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

岡山フィル第69回定期演奏会 指揮:園田隆一郎 Vc:佐藤晴真 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団第69回定期演奏会

ワーグナー/ジークフリート牧歌
ハイドン/チェロ協奏曲第2番
〜 休 憩 〜
ドヴォルザーク/交響曲第7番

指揮:園田隆一郎
チェロ独奏:佐藤晴真
コンサートマスター:高畑壮平
2021年7月4日 岡山シンフォニーホール


oka_phil 69th.jpg


 弦4部のトッププルトだけの室内楽で始まるという、味のある演出で始まったジークフリート牧歌の、真綿で包まれるような柔らかい響き。チェロ協奏曲での佐藤晴真の美音など、前半も聴きどころがあったが、今日の演奏はなんと言っても後半のドヴォルザーク。

 園田さんは2年前の7月定期(ドビュッシー/イベール/ラベル編「展覧会の絵」というフレンチ・コース料理)では、緻密でバランス重視のタクト捌き、という印象だったが、君子豹変!獰猛とも言える強烈なエネルギーをオーケストラから引き出す「轟演」のドヴォルザークの7番。それでいてよく歌い、よく泣く心動かされる演奏。

 管楽器も素晴らしかったが、今回は、ティンパニと弦5部にMVPを贈りたい。オーケストラからの音のエネルギーの放射が半端ない圧力だった。


(7月15日 追記)

・感想の更新がまた延び延びになった。google keepにメモはしてあるので、それをトリガーにして演奏を思い起こす作業は楽しいが、まとまった文章として編集するのが骨折りになる。なので、箇条書きでご容赦を。

・お客さんの入りは1000人ぐらい?5月定期は緊急事態宣言期間中での開催ということも有り、500人ぐらいしか入ってなかったそうなので、回復してきた、と見るべきか。でも、この調子だと収支は大赤字だろうな。

・弦楽器はほとんどの奏者がマスクをつけての演奏。演奏に熱が入ってくると汗をかいておられるのが解る。これは大変だ。去年の秋頃はソーシャルディスタンスを取って、ノーマスクでの演奏だったが、やはりマスクをして息苦しい思いをしても、距離を縮めたほうが演奏のクオリティは上がるのだろう。

・ヴァイオリンのトゥッティに上野真樹さん(元広響・フィルハーモニアフンガリカのコンマス)がおられた。しかし、全体的には若手奏者の活躍が目立った。守屋剛志さんらと室内楽や弦楽アンサンブルを組んでいる腕のあるメンバーも何人かおられた。

・前半の編成は下手から1stVn6→2ndVn6→Vc3→Va4上手後方にCb2、木管はClとHrが2本でFl,Ob,Fgが各1本。

・ジークフリート牧歌は、ワーグナー家の家族愛が結晶となった音楽だが、私がこの曲でイメージするのは銀河英雄伝説(銀英伝)のアニメ版だ。主人公ラインハルトが、自分の身代わりとなって凶弾に倒れ夭折した、かけがえのない親友のジークフリート・キルヒアイスとの思い出を回想するシーンで印象的に使われている。なので、私には亡き友を思うような胸を掻きむしられる切なさを感じてしまう。

・このプログラム1曲めから、岡山フィルの音は素晴らしい。弱音なのに、芯のある豊かな音がホールいっぱいに拡がって、ホール全体をしっかり鳴らす。10年前の岡山フィルからはこういう音は聴かれなかった。

・冒頭では、トッププルトのみが室内楽的に掛け合いをするように始まった。指揮の園田さんのアイデアか。(緊急事態宣言中の)前回の定期は自粛して行けなかったので、4ヶ月ぶりのオーケストラの音。この冒頭の演奏は心にしみた。特に高畑コンマスの音が心の琴線に触れて感動。

・中間部での低音弦、特にコントラバスの透明なのに重厚な音の土台の上に、繊細だが華やかなハーモニーが重なっていく。

・曲の最後のピアニッシモは、ホールを柔らかな空気を満たしつつ、丁寧で繊細な終結だった。以前はこういう弱音部に差し掛かると、音に雑味があったのだが、この日は最後まで透き通るような音だった。本当に素晴らしかった。

・2曲めは、当初の発表ではダニエル・オッテンザマーの演奏による、ウェーバーのクラリネット協奏曲のはずだったが、5月ごろにソリストの差し替えの発表があった。ウェーバーのクラリネット協奏曲を激ウマのソリストで聞く機会は、今後に取っておこう。

・とは言え、去年の「THE MOST」での佐藤晴真さんのドヴォルザーク/森の静けさ を聴いた時の衝撃は忘れられない。コロナ禍で生演奏から8ヶ月も遠ざかって聴いたものだから、彼のこの美音・麗音が本当に心にしみたのである。

・余談になるが、なぜかこの日のプログラムをドヴォルザークのチェロコンだと思っていて、ステージ上の楽器が少ないことに気づいて慌ててプログラムを確認。ハイドンの2番だったことを知った。

・このハイドンの2番、第3楽章では超絶技巧を楽しませてくれたが、やはり佐藤さんの音は特別だ。本当、美音の持ち主だと思う。チェロって奏者によって音がかなり変わってくる楽器だと思っていて、古今東西さまざまな奏者の中でも、この美音は際立つものがある。

・オーケストラは堅実な伴奏だったが、少々物足りなさが。センチュリー響のハイドン・マラソンに何度も通ってわかったこと。ハイドンの音楽は耳を傾け、体中の皮膚の「耳」も傾ける感覚でシンプルに音楽に体を預けることに愉悦を感じるのだが、今回はちょっと退屈してしまった。もっとソリストの作り出す世界に、挑発したり会話を仕掛けていったり、というのが欲しかったな。

・佐藤さんも、1回めに聴いた時の衝撃(後光が差しているように見えた、といっても過言ではない)からすると、ちょっと物足りなさが残った。できれば、エルガーやドヴォルザークのコンチェルトを聴きたいな。

・アンコールのバッハ/無伴奏チェロ組曲6番から、たぶんサラバンドだったかな。

・後半のドヴォルザーク7番は、編成が拡大。1stVn12→2ndVn10→Vc8→Va8、上手奥にCb6の12型2管編成。前半とはほぼ倍の編成になった。

・この曲は中学2年の時にハマった曲で、ノイマン&チェコ・フィルの新盤をほとんど毎日のように聴いていた時期があった。その時期に聴きすぎてその後は食傷気味になり、最近は殆ど聴くことはなかったが、この曲、改めて聴くと、あの時期の青春の疾風怒濤の心情と、美しいものがとことん美しく見えた感性にピッタリくる曲だったんやなあ、と合点がいった。

・名曲は名曲だけに飽きるほど聴いてしまうことがある。それでも、あらためて実演に接して「やっぱりいい曲だなあ」と感じられるのは、その実演が素晴らしかったことの証左だ。 

・第1楽章の憂いを帯びた主題からのトゥッティーの場面でのオーケストラの鳴りっぷりにまずは驚いた。園田さん、前に振ったときとは違う。のっけからこんなに鳴らして大丈夫?と思うほどの雄渾な演奏。

・こんなに濃密な音になるのは、ヴィオラ・チェロ・コントラバスの音が

・長調に転調したあとの弦の泣きっぷり、歌いっぷりに圧倒され、酔いしれた。この弦の分厚い響と、歌いっぷりはクーベリック&ベルリン・フィルを思わせる圧巻の演奏。

・そこからの各パート感が呼応仕合い、絡み合いながら曲想が展開していく。

・この楽章最後のテンポを速めて盛り上がっていく場面は、ちょっとファナティックさすら感じるほどの盛り上がりを見せた。もうオーケストラもノリノリ!ロッケンロール!俺たちは誰にも止められない!といった感じで、この場面は僕の記憶に長く留められると思う名場面だ。

・ほんでもって、楽章の締めくくりは熱狂のあとの余韻を残しつつ、静かに終わる。ドヴォルザークの得意のパターンながら、しみじみ感じ入ってしまう。

・第1楽章もそうだったが、第2楽章も木管が良かった。空まで突き抜けそうなオーボエの音、華やぎと気品にあふれるフルート、ヨーロッパの情景が目に浮かぶようなクラリネットの音。

・第2楽章の中間部で盛り上がる場面も、オーケストラをしっかり鳴らす。トゥッティーから弱音に切り替わるところでの残響の響きが美しい。うん、本当に岡フィルからは素晴らしい音が出ている。

・第3楽章は弦楽器が浪花節的なこぶしが効きつつも、木管の生き生きとしたタンギングで、スラヴ舞曲の活気に満ちた音楽がめくるめく展開する。

・第4楽章は、まずもってティンパニ近藤さんのバチさばきに痺れた。カーテンコールでめちゃくちゃ拍手したが、なにぶん四十肩で左手が上がらないのでYMCAの「C」みたいな体勢で拍手したので、ちゃんと感謝の気持ちが伝わったか心配(笑)

・第1楽章から岡山フィルは本当によく鳴っていたが、この楽章に入ってギアがもう1段上がった感じで、私のマイシートはホールの壁から空中に突き出す感じのバルコニー席なのだが、舞台からの音と天井から降って来る音に挟まれ、座席の椅子も共鳴するし、桟敷全体が振動していた。「やっぱ生演奏はこれよなあ!」と最高の気分。

・園田さんもオケのメンバーも「いい曲だなあ」と感じながら演奏されていたのでは?楽曲への共感と献身が半端なかった。園田さんと岡山フィルとの相性もよく、このオーケストラを一段上のステージへ引き上げる指揮者だと思う。

・園田さんは2年前の7月定期にも登場していて、年間5回しか定期演奏会がないこのオーケストラで、2年間で2回も登場している。2023年には岡山芸術創造劇場が開館し、本格的なオペラ公演を指揮する指揮者を人選中というが、もしかすると意中の人は、この園田さんなのではないかと思うのだ(私の思い込みです)。オーケストラコンサートのタクトも素晴らしいが、彼の潜在能力を遺憾なく発揮する演目はイタリア・オペラだと思う。

・終演後の拍手は物凄かったなあ。半分しか入っていないとは思えないぐらいのボリューム。ドヴォルザークの7番交響曲は、8番9番のようにおなじみメロディーが目白押し、という曲ではないのに、本当に盛り上がったコンサートだった。

nice!(1)  コメント(2) 
共通テーマ:音楽

岡山フィル第67回定期演奏会 Vn:竹澤恭子 指揮:熊倉優 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団第67回定期演奏会

ウェーバー/歌劇「魔弾の射手」序曲
ブルッフ/ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調
〜 休 憩 〜
ベートーヴェン/交響曲第3番変ホ長調「英雄」

指揮:熊倉 優
ヴァイオリン独奏:竹澤 恭子
ゲストコンサートマスター:福田悠一郎


2021年3月14日 岡山シンフォニーホール


oka_phil_67th.jpg

 僕は本来、コンチェルトよりシンフォニーの方が好きで、たぶん一般的なコンサートゴーアーの方々よりもソリストに対する期待が淡白な方だと思うのだが、この日のコンサートはやはり竹澤さんのソロの素晴らしさ・凄さに圧倒された。どの瞬間を切り取っても凄かった・・・・。これまで岡山フィルに客演したヴァイオリンのソリストの中でも最も感銘を受けた。

 岡山フィルも「コンチェルトだから少々抑えめに」なんていうことは全く無く、(竹澤さんからも盛んにアイ・コンタクトを取っていたこともあって)並のソリストなら音が埋もれてしまいそうな結構な音量で演奏していた筈だが、そんな50人からなるオーケストラの音から突き抜けてくる竹澤さんのヴァイオリンの輝かしいこと!


 後半のベートーヴェンは、溌剌としていながら、豊かな響きで極上のアンサンブルにまとめ上げていた(特に木管・ホルンが絶品)。熊倉さん、まだ29歳。こりゃ只者ではないですな。若さに任せて強引に行ったり、逆に遠慮を感じさせたりという事がなく、オーケストラと隙のない対話を繰り広げながら、このオケが一番芳醇な音が出せるポイントに流れを導いていく感じ。オーケストラもとても気持ちよさそうに弾いている。

 僕は時々天井を見上げながら、「この豊かな響きはなんなんだろう」と陶然としながら聴いていた。熊倉優という指揮者は、僕の中では「倍音の魔術師」と呼ぶことにする。指揮台でタクトを振るいながら、その耳だけはホールの空間に置いて、全体の響きを調整していく・・・。この10年で感銘を受けた若手指揮者(ヤコブ・フルシャ、クシシュトフ・ウルバンスキなど)と共通するセンスや耳の良さを感じる。

 もっともオーケストラからすれば、「我々がその音を出しているんだよ」と言うだろうし、岡山フィルとシェレンベルガーが8年かけて作り上げてきた音がベースになっているのだが、共演2回目でこれだけの音を引き出すのは、やはり只者ではない。

 ほんとにいいコンサートでした。


 以下、4月15日の追記


 本来であれば、常任指揮者のシェレンベルガーが指揮し、元ベルリン・フィルのハープ奏者のシュースがハープ協奏曲を披露するプログラムだったが、ドイツ本国で再び感染が拡大。日本に生活拠点の無いアーティストの来日は困難になった。代役の指揮者はヨーロッパへの進出が足止め中の熊倉優の再登場、ソリストはなんと竹澤恭子が務めるという・・・聴き手としては全く不足のないプログラム。

 80年代後半から90年代にかけて、五嶋みどり、竹澤恭子、諏訪内晶子らの女性のヴァイオリニストが一気に世界に羽ばたいた。中でも竹澤さんはRCAと契約。コリン・デイヴィス&バイエルン放送交響楽団との共演によるブラームスのコンチェルトを筆頭にメンデルスゾーン、チャイコフスキー、エルガー、バルトーク、プロコフィエフなど膨大な録音を世に出した。メジャーレーベルと契約してこれだけの実績を残している日本人ヴァイオリニストは現在でも稀な存在だろう。その竹澤さんが来るというので、猛烈に楽しみにしていた。

 客席の入りは6割ぐらいか?大都市部での緊急事態宣言中に開催された2月の日本博のコンサートよりは入っているが、まだまだ客足が回復していない印象。この状態が続くと経営的にも厳しくなってくるだろうな。。。

 今回は、舞台上のSD(ソーシャルディスタンス)配置はほぼ解消(木管金管の横の距離は心持ち広いかな)されていて、ひな壇最上段にティンパニが指揮者と正対する配置にようやく戻った。下手から1stVn:10→2ndVn:8→Vc:6→Va:6、上手奥にCb:4の10型2管編成のストコフスキー型配置。

 1曲目のウェーバーはふわっとした入りを志向したものの、ややバラけた感じで始まったが、合奏部分に入ると岡フィルのアンサンブルの良さが感じられ、心の中で「いいぞ!今日の岡フィルもいいっぞ!」と聴き手の期待のボルテージが上がる演奏になった。今日のホルンの客演首席は西日本ダントツの実力を誇る京響のホルンセクションを率いる柿本さんで、弱音の柔らかさやフォルテの時の輝かしい音色はさすがだった。

 2曲目の竹澤さんによるブルッフの1番。これはもう・・・心が震え、脳が解きほぐされていくような感動の演奏だった。
 竹澤さんの音は濃厚で強靭。34人のオーケストラの弦五部を相手にしても突き抜けてくるのだ。竹澤さんの弓さばきをみて驚いたのだが、とても繊細に弓をコントロールしている。大きな音を出すことができるヴァイオリニストは、たいていは深くボウイング(ときに弓を擦りつけるような)で出している人が多いと思うが、竹澤さんはそういう感じが全く無いのが驚きだった。
 素晴らしいのは竹澤さんが岡山フィルとの音楽の対話を心底から楽しんでいることだった。コンマスの福田さんはじめ、各パートに気を配って、どんどん音楽の深い世界に連れて行くような演奏で、岡山フィルの音もさらに艷やかに、濃厚に変化していく。
 第2楽章は、演奏の仕方によっては甘くロマンティックな世界になってしまうが、竹澤さんは心が澄み渡っていくような、磨き抜いた美しい音で表現していく。この曲は同時代のブラームスやチャイコフスキーの協奏曲のように長大な第1楽章を置いておらず、明らかにこの緩徐楽章に重心がある。竹澤さんの演奏もこの楽章に重心を置いた演奏で、繊細な表現の中に濃密な音が流れていく感覚がたまらなかった。私は2階席に座っているからわかるのだが、1階席にはハンカチや手で目を拭う人が何人も居た。岡フィルの弱音で支える伴奏も素晴らしかった。
 第3楽章に入ってオーケストラとの対話がどんどん高揚していく場面で、(僕の気のせいでなければ)竹澤さん自身も感極まる様子だったように見受けられた。同じコンサートを聴いた方のtweetに、竹澤さんが目に涙を浮かべていたという感想もあったので、僕の気のせいでは無かったはず。パリ在住の竹澤さんもコロナ禍の影響は甚大であったはず。クラシック音楽の本場の国々が次々にロックダウンする中で、コンサートが開催できている数少ない国となった母国での活動に賭けるものがあったのかもしれない。
 入国後の2週間隔離というのは、想像以上に大変なことのようで、3月中旬に入国されたソプラノ歌手の森野美咲さんも、その辛さについて言及されている。そういった入国にかかる困難さをおして来てくれた竹澤さんはじめ、海外在住アーティストの方々には感謝しかない。


 岡山フィルも伴奏という範疇を超えて、1人のソリストと50人のオケマンたちが、お互いに心を開いてセッションを展開している、そんな演奏だった。熊倉さんのタクトは目立たないがソリストとオケとの対話を邪魔せずにしなやかにバランスを取ってドライブしていく感じ。
 自分も、もう少し頑張ってみようか、そんな活力が得られる演奏だった。

 アンコールはバッハの無伴奏ソナタ第3番から「ラルゴ」。竹澤さんらしい高潔なバッハだった。

 後半のベートーヴェンの「英雄」この曲は2013年にシェレンベルガーが岡山フィル首席指揮者就任記念演奏会で採り上げた曲。それだけに、あの時からこのオーケストラはどのように変わってきたのかを知る演目と言っていい。
 快速テンポで若々しくエネルギッシュな演奏だが、昨今のピリオド系の演奏のようなザクザクとした弦の刻みやフレーズの最後をスパッと切るようなアプローチはほとんど採用せず、弦の音は艷やかに、フレーズの処理はとても自然。熊倉さんはN響でパーヴォ・ヤルヴィのアシスタントをされていたそうだが、パーヴォがDCFでやっていたようなピリオド系のアプローチではなかったのが意外。でも、こちらのほうが岡山フィルには合っている。

 そして(去年の10月にも思ったのだけれど)熊倉さんは管楽器のアンサンブル、弦と管のバランスのとり方、センスが抜群に良いと感じる。


 第1楽章冒頭のこの部分で、ターンターンと弦と管が同じリズムで和音を奏でる場面の深みのある音に、いきなり背筋がゾワゾワとする感動が来た。「今日の演奏も素晴らしいものになるぞ」とこの瞬間に確信した。

※オーケストラではなくMIDI音声が流れます



 そして、第1楽章のマイナーに転調してからの展開部、複雑な動きをする弦楽器の裏で鳴っている木管金管のタッタッタッタッタッタッターという和音が、トランペットを目立たせず、木管4部を中心にして木質感を醸し出しながら絶妙かつ極上のサウンドに仕上げる。
※オーケストラではなくMIDI音声が流れます



 こんな感じで全曲にわたって響きの質感にこだわった熊倉さんのセンスが光っていた。まだ29歳でよくこういう音が出せるな、と。冒頭にも書いたとおり、ホールの2階席・3階席の最前列あたりに耳を置いて、それを聴いてるんじゃないと・・・。
 そして、この上質なサウンドを奏でる岡フィルの管楽器陣も凄いと思う。

 木管といえば、一つ特筆すべきなのはオーボエの工藤さんの演奏。ベートーヴェンにとってオーボエというのは特別な楽器で、とりわけこの曲には第2楽章や第4楽章をはじめオーボエのソロが本当に多いのだが、どの場面でも素晴らしいソロを聴かせてもらった。そしてソロだけでなくて、管楽器でのアンサンブルも彼女の音が軸になってアンサンブルが作られていて、この演奏をシェレンベルガーが聴いていたら絶賛するのではないかと思う。


 第1楽章は、あっと言う間に過ぎ去っていった印象で、まずは提示部の繰り返しが無かったこと、そしてこの曲の演奏史ににおいて、暗黙の了解や慣例で演奏されてきた「溜め」をほとんど容認せず、畳み掛けるように曲を展開させていったことも大きい(その点では、パーヴォ・ヤルヴィのやり方を研究されたのかもしれない)。

 一つ、物足りなかった点があるとすれば、第2楽章。この交響曲はこの壮大にして劇的な第2楽章の存在感が半端なく大きい。この楽章のアプローチとしては、舞台上の指揮者や奏者が、このドラマティックな世界の主人公と二重写しになるような、いわば憑依型と言えるようなアプローチがある一方で、恣意性を排し再現芸術に徹することで、音楽との一体化を図り最後には「何かが降りてくる感覚」を志向するアプローチがあろうかと思う。熊倉&岡山フィルのこの日の演奏は、どちらかといえば後者に近いが、他の3楽章の鮮やかな印象とは対象的に、この楽章の存在感が希薄だったように感じ、もっと掘り下げた表現、ベートーヴェンはこの楽章で何を描いたのか?が欲しいと思った。とはいえ、中間部でのチェロバスの鳴りっぷりは壮絶なものだったし(まるで床ごと鳴る!といった感じだった)、楽章最後の息も絶え絶えな様子の弦の弱音の表現も良かった。


 第3楽章〜第4楽章は溌剌とした音楽に熱が帯びてくる。特に題4楽章の変奏曲はモチーフが複雑に、パズルを組み上げていくように音楽をしっかりと組み上げていく感じが見事だった。それと第4楽章は印象的な場面で長い休止があるが、オーケストラのアンサンブルが曲が進むにつれてどんどん純化していき、休止の際にホールに響き渡る残響が素晴らしかった。

 勢いに任せる派手な演奏はその時は熱狂するかもしれないが、早くに忘れてしまうものだ。去年の10月のシューベルトの未完成交響曲の音は、今でも思い出せる。今回の演奏も、そんな長く記憶に留めるコンサートになっただろうと思う。

nice!(2)  コメント(2) 
共通テーマ:音楽

岡山の情景を音楽で語る旅 ピアノ:山地真美 柴田真郁指揮 [コンサート感想]

日本博イノベーション型プロジェクト
岡山の情景を音楽で語る旅
「〜音楽と映像と語りでたどる~桃太郎伝説が生まれたまち おかやま」
okayamanojyokei.jpg
〈1部〉岡山城と後楽園を巡って Piano & Orchestra
    ●岡山城と後楽園
    ・岡山城と後楽園の情景を描く「暁、時うつす蒼の水」
    ●岡山城
    ・岡山城主 宇喜多秀家の生き様に迫る「生きる」
    ・秀家と豪姫、つらぬいた夫婦愛「紅の想い/蒼い約束」
    ●後楽園
    ・幻想庭園の月夜を想って「幻園の彩り」
    ・空を優雅に舞う丹頂鶴の放鳥「鶴は舞う」


〈2部〉日本遺産の旅「桃太郎伝説の生まれたまち おかやま」
    Piano & Orchestra & Tell a story
    ・おかやま桃太郎物語「吉備津彦と温羅」
    ・オープニングおよびエンディングテーマ曲「光華光源」
ピアノ・作曲:山地真美
オーケストラ編曲:小松真理
第2部演出:みやもとたかひろ
第2部語り:クリストファー・J・クレイグトン
     :ジェーン・O・ハローラン
管弦楽:岡山フィルハーモニック管弦楽団
指揮:柴田真郁
コンサートマスター:高畑壮平
 少し時間が立ってしまったが、感想を。
 このコンサートは日本博のイノベーション型プロジェクトとして上演された。
日本博とは
2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の機運醸成や訪日外国人観光客の拡大等も見据えつつ、日本の美を体現する我が国の文化芸術の振興を図り、その多様かつ普遍的な魅力を発信するため、日本全国を舞台に「日本博」を展開します。「日本博」では、総合テーマ「日本人と自然」の下に、「美術・文化財」「舞台芸術」「メディア芸術」「生活文化・文芸・音楽」「食文化・自然」「デザイン・ファッション」「共生社会・多文化共生」「被災地復興」の8つの分野にわたり、縄文時代から現代まで続く「日本の美」を国内外へ発信します。
 今回のコンサートは「音楽」だけではなく、「舞台芸術」「メディア芸術」の分野に跨がる大掛かりなものだった。
 久々に祝祭感のあるロビー
20210204001.JPG
 舞台上には超特大のディスプレイ1台を反響板中央に、特大ディスプレイ2台を上手と下手それぞれに配置。ディスプレイには後楽園や岡山城をはじめ、吉備津神社や鬼ノ城、吉備路など日本遺産の風景が映し出されると同時に、会場内の演奏者や語りの役者を7台のカメラ(専門業者さんのtweet情報)を切り替えながら映し出されていた。
20210204002.jpg
※ホールのトラックヤードに入りきれなかった専門業者の車であふれるホール裏のスペース。
 本来であれば東京オリンピック直前の2020年6月に上演される予定だったが、コロナ禍の影響で延期。結果的に2度目の緊急事態宣言発令(岡山県は対象地域外)中の最中の上演となり、客席はバルコニー席と3階席を閉鎖した状態で6割程度の入りだったから、800人ぐらいだっただろうか?寂しい客席となった。イベント企画当初に見込まれていたであろうインバウンドの聴衆も皆無。
 一方でオーケストラはほぼベストメンバー。先月の定期演奏会に引き続いて高畑コンマスの姿もあった(ドイツはロックダウン中で、音楽家の仕事も望めない状況だから、しばらくは日本におられるのかも知れない)。編成は1stvn8→2ndVn6-Vc4-Va4-Cb2の2管編成。
 前半は山地真美さんの語りと演奏。大画面に映し出される映像作品にピアノとオーケストラの演奏を付けていく形で、普段は見られないものを見させてもらった。柴田真郁さんの指揮も流石にオペラ指揮者らしい、見通しの良いアンサンブルながら迫力満点の音楽を引き出す。オペラと違い、ひたすら演奏者が映像に合わせていく形になるが、まるでオーケストラの音に映像が呼応しているように生き生きとした作品に仕上がった。
 山地さんの経歴を見るといわゆる音大卒ではなく、岡山大学法学部(ということは学部は異なるが後輩になるのか、と思うと親近感が湧く)の出身で、大学卒業後に尚美ミュージックカレッジで作曲を学び、音楽の道を進むという異色の経歴を持つ。
 ブログを拝見していると、自分の考えを強く持っていて従来の音楽家のイメージを壊していくバイタリティに溢れており、クラシック演奏家のエリート集団であるプロ・オーケストラとの共演は、異種格闘技的なものになるかと思われたが、そういったイメージとは違って、非常に柔らかい人柄が感じられ、それは音楽にも現れていた。
 実は、事前にYOUTUBEで彼女の作品を色々と聴いたときは、美しい音楽だと思いつつも、作風のバリエーションは広くない印象で「2時間のコンサートで聴き飽きないかな」とも感じていた。マンネリズムとオリジナリティというのは表裏一体で、どちらにも転びうるし、聴き手の好みにも左右される。私は2時間のオール・ショパン・プログラムは苦痛に感じるが、ブルックナーのシンフォニーは何時間でも聴いていられるが、一般的には逆の感性の人の方が多いだろう。
 じっさいコンサートに入ると、山地さんの情感のこもった演奏や、彼女の音楽性を引き出すオーケストレーションと映像作品と一体になった音楽世界は見応え・聴き応えがあり、飽きさせることはなかった。『文化や情景』『土地の記憶』を深い感受性で受け止め、それを現代から未来の人々へどうやって伝えていくかという純粋な情熱を感じた。
 私自身、過去の人々の営みに強い関心があって、旅行先でもその土地の景観や食事だけでなく、歴史の積み重ねや長年受け継がれた伝統文化も知りたいし、過去に生きた人と心を通わせる感覚を求めていくタイプの人間なので、こんな人間だからクラシック音楽を聴いて、ベートーヴェンやシューベルトのような200年以上も前の人間が作った楽曲から、彼らの感情や思いが伝わってくる(気にさせられる)ことに、無常の喜びを感じているのだが、山地さんも同じタイプの感受性を何倍も持った人だと勝手に感じている。
 後半は英語による語りと音楽、映像による日本遺産の旅、「吉備津彦と温羅」。テキストは日本遺産のポータルサイトでも読むことができるが、今回は英語ネイティブの語り手2人による語りを、日本語字幕で上演。本来であれば客席にはインバウンドの観光客が居ることを想定したようなプログラム。
 英語は、やはり日本語とはアクセントやリズムが異なるので、吉備津彦の伝説がまるでシェークスピアの劇のような雰囲気を漂わせていたのが面白い。
 朗読はあまり見る機会がないのだが、男性のクリスさんの迫力と表現力が壮絶だった。今回の舞台は朗読、オーケストラ(岡山フィル)、山地さんのピアノ演奏、そしてディスプレイに表示される映像や劇画、照明などを駆使した現代における総合芸術とも言えるもので、このコロナ禍の時代にこれだけの舞台をよく作ったなあと・・・・。特に朗読と映像とピアノ演奏はまさに三位一体といった感じで、普段は純音楽のコンサートしか見てこなかった私には非常に刺激的な世界を見せてくれた。
 一つ、失敗だったなと思ったのは2階席の前方ブロックでもステージから遠くて、もう少し近くで見たかったなあと。
 それから、オーケストラが演奏される場面がもっと欲しいなあとは思ったが、そうなると朗読劇ではなくオペラになってしまうな(笑)
 オーケストラは、普段の定期演奏会でやっている楽曲に比べると、ボリューム的には物足りない部分はあったが、高畑コンマスのソロは情感のこもった「高畑節」を聴かせてもらったし、木管・金管のソロ、とりわけトランペットの小林さんの、冬の澄み切った朝の空気を震わせるようなピュアなソロの音色に魅了された。
 この舞台はこれ1回こっきり・・・なんでしょうねえ・・・。ちょっと勿体ない気がします。コロナ禍が収束してもう少しお客さんが来れるようになったら、今度は岡山芸術創造劇場で再演して欲しいと思う。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

岡山フィル特別演奏会 ニュー・イヤー・コンサート2021 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団特別演奏会
ニュー・イヤー・コンサート
モーツァルト/歌劇「ドン・ジョバンニ」序曲
  〃   /ピアノ協奏曲第21番
〜 休憩 〜
モーツァルト/交響曲第40番
指揮:キンボー・イシイ=エトウ
ピアノ:梅村知世
2021年1月17日 岡山シンフォニーホール
okaphil ny.jpg
 当初予定されていたプログラムはレハールの「メリー・ウィドウ」、新型コロナ対策のために、オール・モーツァルト・プログラムに変更されたこともあり、例年の華やかな「オペラ・ニュー・イヤー・コンサート」とはならなかった。現在のコロナ禍の世情や、1.17という自分にとっては特別な意味を持つ日のコンサートということもあって、内省的で充実したな2時間を過ごさせてもらった。
(1月20日 追記)
 『密』を避けるために開演30分前にホール入り。開演10分前も5分前になっても客足が伸びない。45%ぐらいの入り。高齢者の方はそこそこ居たが、先月のベートーヴェン5番/7番の時には戻りつつあった30代〜40代の聴衆が来ていない印象が強い。かく言う私もこの世代に属するが、岡山は緊急事態宣言対象地域外で、ホールの感染症対策やクラシック音楽のコンサートでの世界的な知見の蓄積から、感染リスクは極めて少ないとはいえ、社会的な雰囲気を考慮するとやはり悩むところではあった。しかし、今の私から生演奏の鑑賞機会を取ってしまうと、生きている意味の1/4ぐらいは失われてしまう。
 ホールの新型コロナ対策も万全で、入場時の検温とチケットへの連絡先の記入(事前に書いておけばいいかもね)にセルフ・もぎりとセルフ・チラシ取り、ロビーのドアが開放され後楽園の森の方角から吹いてくる風が心地よい。私の席の前後左右は、結局空席だったので、(とても喜べる話ではないが)快適に聴けた。前回はCOCOAを作動させるため、無音モードにしてスマホの電源を切らなかったが、やはり「万が一鳴ったら」との心配は消えない。今回は電源をオフにした。
 岡フィルはこの状況下でも熱演を聴かせてくれた。今日のコンサートに来ていた聴衆は私も含めて「少々のことがあっても岡フィルを聴きに来る」という熱心なファン層。楽団員さんもその事は重々わかっているのだろう。終始、モチベーションの高い演奏を展開して聴き手の胸を熱くする。
 楽器の配置は!stVn10→2ndVn8→Vc6→Va6、髪手にCb4の10型2管編成、ストコフスキー(ステレオ)型配置。弦は1プルト2人の通常距離、管楽器は左右の距離は前回(12月)より縮めつつ、前後はやはりSD配置でFg、Clはひな壇最上段で、上手にホルン、下手にトランペットとティンパニ。
 客席は前5列(オペラ公演時のオーケストラピット部分)を撤去して、今回は写真のような段々状になっていた。距離を保ちつつも客席からの圧迫感を減らすためだろうか。色々試行錯誤されている。オーケストラの入場は前回と同じく、アメリカンスタイル(予鈴前に舞台上で音出しして、そのまま残って開演)。
okaphil NY stage.JPG
※終演後、時差退場待機時に撮影
 キンボー・イシイさんの指揮は、美しく、かつ華麗。経歴を見ると、元々ヴァイオリン奏者で将来を嘱望されていたが、宿病ともいえる局所性ジストニアにより指揮者に転向した苦労人のようだ。アメリカ、ヨーロッパを股にかけて活躍されており、国内では児玉宏音楽監督時代に大阪交響楽団の首席客演指揮者に就任していた時期もある。KOBの首席カペルマイスターなどドイツの歌劇場で実績を積み、現在はホルシュタイン=シュレスヴィヒ歌劇場音楽総監督を務める、まさにドイツ語圏の歌劇場叩き上げの指揮者。
 1曲めの「ドン・ジョバンニ」の序曲から、その実力を見せてくれた。音の伸ばし方や音楽のピークの持って行き方が熟(こな)れていて、生命の吹き込み方を熟知している感じ。岡山フィルもスケールの大きい演奏でよく応えていたが、ヴァイオリン・パートの弱音が安定していない。メインの40番が凄い演奏だっただけに、1曲めからここら辺は決めて欲しかったところ。
 2曲目はモーツァルトのピアノ協奏曲第21番。冒頭に述べたとおり、新型コロナ対策のためにオール・モーツァルトに変更になった際、ソリストが梅村さんになりことが発表されたことで、楽しみのモチベーションが保てた。彼女のピアノは音の芯が強く、派手な表現を控えて、音楽を構築していく所が好きだ。
 梅村さんのこの日の演奏も期待を裏切らない、芯のしっかりとした瑞々しい演奏。華麗に動き回るモーツァルトの旋律美が上滑りすることなく、16分音符が駆け上がり駆け下る場面の連続でもしっかりと捉えて聴かせてくれた。キンボーさんのタクトがソリストに自由に歌わせ、そこにオーケストラを着けている感じで、梅村さんの透明感のあるスケールの大きい世界を導き出していた。あの、有名な瞑想的な第2楽章が強く印象に残る。
 アンコールのショパンのノクターンの8番。あれも良かったなあ。ふわっと煌めくような音がホール全体に拡がっていく。モーツァルトよりも50年ほど時代が進むと、これほどの表現が違うのか、というのを感じさせた。
 前半が終わって、一つ気づいたこと。プログラムにクレジットされている奏者と違う奏者の方が一人居た。恐らく急遽決まった代役だろうが、さすがにプロの演奏で応えていた。予定されていた奏者の方が心配。今は、音楽家に限らず、「風邪一つ引くことを許されない」世情。また、covid-19は若年罹患者に呼吸器の後遺症状が残るという報告もあり、管楽器奏者は大袈裟ではなく演奏家人生を賭けて舞台に立っているといえる。
 モーツァルトの40番は前半にも増して凝縮感のあるアンサンブルを聴かせた。第1楽章は快速テンポ、急ぎ足なのに音が柔らかく気品を失わない。キンボーさんのタクトも、さらに冴える。筋肉質だが組木細工の緻密な内部構造が透けて見えるように、この曲の構造が透けて見えるような華麗なタクト捌きに魅了された。
 今回は1年ぶりに高畑首席コンマスが帰ってきてくれて、キンボーさんとは現場叩き上げの音楽家同士で気脈が通じるところもあるだろう。高畑コンマス中心に各パートトップが息を合わせながら音楽が高揚していく。いやー、たまらんねこの時間。この空間。
 第2楽章に入って、安らかな音楽に一息つくも、短調に転調して心に波風が立つ。第3楽章のメヌエットを聴いていると、マリオネット(操り人形)の踊りを見ている錯覚を覚える。自然界から見ればコロナ禍に翻弄される人間もこのマリオネットのようなものかも知れないな、などと自嘲的に思っていると、中間部の優しい音楽に心がほろっとする。
 第4楽章は高速テンポで疾風怒濤に駆け抜ける。いやあ、岡山フィルは凄い、これは本物だ。しかも、細かいニュアンス、表情の変化が絶妙。
 アンコール、アイネ・クライネ・ナハトムジークの第2曲「ロマンツェ」。祝祭的なニュ・イヤー・コンサートではなかったが、モーツァルトの光の部分も影の部分も感じられる、充実した時間になった。
 キンボーさん、そして久しぶりの帰国(いや、来日?)となった高畑コンマス、本当に来てくれてありがとう。
 今回、フライング拍手をする人が居て、一瞬、旗だたしく思ったが、まあ、こういう他人のマナーに腹をたてるのも、色々な人々が集まっている生演奏を聴いている妙な実感があった。とはいえ、やっぱり「拍手は指揮者の手がおりた後に」して欲しいもの。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

「親子deクラシック」に行ってきました [コンサート感想]

 自分の楽しみではなく、娘に生演奏の音楽に触れてもらうために行ったコンサート。なので、日記に書くつもりはなかったのだが、結果的には自分も大いに楽しんでしまった(笑)。最後のドヴォルザークの「新世界より」の第4楽章がたいへんな熱演で、これは記録に残しておこうと筆を取った次第。
中国銀行ドリーミーコンサート
親子deクラシック
指揮:横山 奏
管弦楽:岡山フィルハーモニック管弦楽団
コンサートマスター:田中郁也
oyako de classic-1.jpg
oyako de classic-2.jpg
 編成は弦は8型だったが、木管4種にホルン4人、トランペット2人、トロンボーン3人、そして打楽器を4人にハープを擁するという、コロナ禍後最大の編成となった。
 予測不能の動きをする(笑)子供の安全を考慮して、座席は1階中央よりやや後ろ。カルメンの前奏曲で、久しぶりに大管弦打楽の音の洪水を浴びて、ちょっと心が震えた。。。。
 指揮の横山さんは2018年の東京国際指揮者コンクールで第2位(1位が沖澤のどか、3位が熊倉優という超ハイレベルのコンクール、しかも皆さん岡フィルデビュー済み)に入賞後、活躍が著しい。とてもスケールの大きい指揮で、グイグイとオーケストラを統率されていた。それに加えて、司会・トークが上手い!子供にも解りやすく、相方も「面白かった!大人も勉強になったわー」と感心しきりだった。
 娘は楽器紹介でのコントラバスの嶋田さんが演奏した低音の「ぞうさん」がいたく気に入り、家に帰ってもその話ばかりをしていた。
 子供を育てていて判ったのが、言葉や論理的思考よりも前に、音楽のほうが発達が早いことだ。そして言語発達は「歌」を通じて発達するのを目の当たりにすると、人間の思考や感情は音楽や歌がベースになっている、とすら感じる。
 閑話休題
 このコンサートはチケット代が大人1000円、子供500円、これだけの編成のオーケストラで、このチケット代では、とてもじゃないがペイしないはずなので、スポンサーの中国銀行が持ち出してくれている。
 プログラムの最終曲がドヴォルザークの「新世界より」の第4楽章。冒頭でも述べたとおり、大変な熱演で、子供が聴きやすいような編曲は一切なく、楽章を丸々演奏した。オーケストラもバリバリの本気モード。オーケストラの本物の迫力を味わせたい!という意気を感じた演奏だった。
 私は通路側に座ったのだが、大ホールに来て興奮した子どもたちが階段を登ったり降りたりして遊んでいた(そりゃ小学校低学年でこんなところに来たら興奮するわい)のだけれど。中間部での主題が蒸気機関車のように疾走するように展開する場面で、オーケストラの迫力に圧倒されたのか、二人ほど思わず立ち止まって聴き入っていたのが印象に残る。弦楽器の「泣き」が素晴らしく反響していたのと、クラリネット首席の西崎さんが、第2主題のソロをはじめ冴えに冴えていた。
 横山さんの指揮は、リズム・ビートが効いていて、普段の定期演奏会では、じっと黙って聴いているのだが、子供と一緒に体を動かしながら音楽に乗って聴いた(これ、かなり楽しかった!)。
 娘は1歳でシンフォニーホール聴衆デビューを果たし、今回が2回め。僕がオーケストラの生演奏をコンサートホールで初めて聴いたのが小学校5年(いきなりベルリオーズの幻想交響曲・・・)だったから、こんな小さい子供がこんな演奏に触れられるのは素晴らしいことだ。

nice!(0)  コメント(0) 
共通テーマ:音楽

岡山フィル特別演奏会(2020第九代替公演) 指揮:川瀬賢太郎 [コンサート感想]

岡山フィル特別演奏会
ベートーヴェン生誕250年記念
ベートーヴェン/交響曲第5番「運命」
  〜 休 憩 〜
ベートーヴェン/交響曲第7番
指揮:川瀬賢太郎
コンサートマスター:福田悠一郎
20201206oka_phil.jpg
※プログラムに表示されているbeyond2020・・・オリンピックの先に、のはずが、コロナ後の世界の変わりようを表しているようだ
 本来であれば市民合唱団による『第九』のコンサートが開催されるはずだったが、covid-19の感染リスクのため、交響曲第5番/第7番に差し替えて開催された。

 川瀬さんが岡フィルを指揮するコンサートは2回目、その時に比べて、まずはオーケストラの音・反応が劇的に変化している。川瀬さんのタクトは激しく情熱的。F1レーサーで言えば、命知らずのアタックを仕掛け、シケインに乗り上げようがお構い無しに突破していく。しかし岡フィルもさる者、指揮者の情熱に呼応して音楽を盛り上げていく。
 我らがシェフのシェレンベルガーは音楽にパッションは込めつつも、全体のフォルムやバランスを崩すことはしないタイプなので、久しぶりに荒々しい岡フィルのサウンドを聴いた。

 半年以上、生演奏を聞けない時期があって、今回は始めてほぼ満席に近い会場で、あんなに捨て身とも思える爆発するような情熱的な演奏を聞かされたら・・・これを聴いて感動しないほうがおかしい。5番の第4楽章で本当に泣けた。

【12月9日追記】

 前回、川瀬さんが岡山フィルを指揮したのはちょうど10年前の2010年の第九で、川瀬さんがまだ26歳のとき。
 当時のブログ記事(今は閉鎖しており、アーカイブは保管している)を読み返してみると、川瀬さんのダイナミックな指揮は当時も強い印象を残したが、当時の岡山フィルは活動低迷期で、2009年と2010年は定期演奏会が1回づつしか開催されておらず、その定期演奏会も各パートの首席奏者は東京・関西のオーケストラから連れてききた「日替わり首席」で、リスクを取るような突っ込んだ演奏は期待できなかったし、10年前は3階席で聴いたのだが、音がなかなか飛んでこなかった。指揮者が力めば力むほどオーケストラの鳴りが悪くなり、正直、いらだちを感じたコンサートだった。
 しかし今回のコンサートを聴いて、川瀬さんのオーケストラドライブの見事さはさることながら、岡山フィル自体があの頃とは全く違うパワフルさを手に入れた、10年前の岡山フィルが1500ccの車だとしたら、今の車は2500ccぐらいにはなっている。絶対的な馬力が向上した感じ。
 
 今日のお客さんの入りは9割以上入っていた。1階席の前5列(オペラ公演時はオーケストラピットになる部分)の座席を外しているものの、全座席を開放。2階〜3階席はほぼ満席に近く、1階席の(あくまで主観だが)音がよろしくない席が空席になっている。みなさん、だんだんこのホールのことが判ってきたね(笑)
 それから、5番の第2楽章で携帯鳴動をやらかした人がいた(よりによって静かな場面に限って勃発するんよね。コンサートあるある)のを除いて、咳一つない静かな環境。

 配置は1stVn10→2ndVn8→Vc6→Va6、上手奥にCb4。ホルンを下手に配置。弦楽器はSD(ソーシャル・ディスタンス)配置を解消して1プルト2人。管楽器はまだSD配置で前後をかなりスペースを取っており、TpやTbは反響板ギリギリに座る。ティンパニは下手奥。
 岡フィルは、チェロをアウトに、ヴィオラをインに配置することが多いが、今回のように最近ヴィオラをアウト(客席側)に配置してチェロをインに配置することが多くなってきているね。

 客演コンマスの福田悠一郎さんは10月定期に続いての登場、フォアシュピューラーはこの春にコンサートマスターに就任した田中郁也さん。田中さんて後ろのプルトにいるときには気が付かなかったけれど、背筋が伸びて演奏する姿がきれいですね。そして、指揮者も若いし、この先頭プルトのコンビは若い!!

 楽団の入場は本鈴が鳴ってからではなく、予鈴の前から舞台上で音出しをして、そのまま座席で本番を迎えるアメリカンスタイル、岡フィルでは記憶がない。客席はコロナ対策で私語を謹んでいるから予鈴から本鈴まで静寂に包まれ、いつもとは違う空気になった。
 岡山シンフォニーホールは商店街の再開発ビルの中に組み込まれている関係上、舞台裏は広くはないので、控室から出てしまうと管楽器などが密な舞台裏で音出しをする状況を作らないためにステージに出るスタイルを取ったんじゃないかと思う。

 川瀬さんは、第5番、第7番ともに金管はソリッドな音を中心に、ここぞという力の入る場面にはティンパニとともにビビッドな音楽を引き出していたが、弦5部と木管は場面によって音のテクスチャーを使い分け、ざっくりと荒々しい音色を引き出したかと思うと、穏やかな場面ではシルキーな音を引き出していた。テンポの変化やダイナミクスの強弱について、身体全体で表現する川瀬さんのダイナミックな指揮にオーケストラが演奏で呼応し、それに対して川瀬さんがもっと劇的な指揮で応じる、という相乗効果は見て・聴いていて胸がすくような演奏だった。特に第5番の第3楽章から第4楽章に入り、曲のフィナーレまでの演奏は、指揮者や各パート観の緊密な連携と融合により、まるでポルトガル代表のパスサッカーを見ているよう。
 
 川瀬さんはコンサートに先立ったプレトークで
・ここに来るまでに不安や葛藤があった方もいらっしゃると思う。眼の前で奏でられる音楽を聞くことは、今生きている実感につながる、必ず来てよかったと思える演奏をする。
・この曲(5番)でベートーヴェンが「自由を、自由を、自由を!」という叫びが聞こえる。
・200年以上前の古典とされる曲だが、今、この瞬間に生まれた新鮮な音楽を届ける。
 この言葉を裏切らない演奏だった。
 コロナ禍の時代はなんと不自由な世の中になったことか。ベートーヴェンの時代のように(少なくとも我が国では)封建制も身分性も存在せず、一人ひとりの人間の存在が尊重され、社会を作っていっているはずなのだが・・・・。克服すべきは感染症そのものではなく、人の心や社会の問題であることを、ベートーヴェンの音楽が伝えてくれている。
 
 7番は第1,2楽章と第3,4楽章がそれぞれアタッカで演奏された。これは先日NHKで放送された「クラシック音楽館」での川瀬&名古屋フィルの演奏と同じ。
 前プロの5番は、かなり力技なところもあって、怒涛のような演奏だったの、7番もリズムに乗って重戦車のように突破していくかと思いきや、確かに躍動感溢れる演奏だったのだが、例えば第1楽章の中間部や第3楽章などでは、かっちりとした形式感を出し、指揮者の冷静な視点で緻密に複雑なパズルを組み上げていくようなタクト捌きに痺れた。木管陣が絶品で、Fg首席は客演の中野さん(京響)だったものの、岡フィル自慢の木管陣の実力がいかんなく発揮された。
 梅島首席が抜けたホルンは客演の方が中心で、5番と同様ナチュラルホルンのようなソリッドな音を競争する場面が続く。弦とともにホルンがオーケストラの演奏を先導して曲のモチーフをリズムを刻みながら奏でている場面が多かったため、第4楽章ではかなりバテている感じがあったが、こういう敢えてリスクを取った思い切った演奏に心が熱くなる。弦5部も素晴らしく、常に音楽を牽引し、特にチェロ・バス・ヴィオラが素晴らしい!
 そうそう、ティンパニに触れておかねば!特別首席の近藤さんはやはり得難いティンパニスト。7番では鮮やかすぎるティンパニのバチさばきに目が釘付けになった。
2020120602.JPG
※自転車でホールへ向かう途中にて。感染リスクはほぼゼロ。
 お客さんも驚くほどルールを守っていて、ブロックごとの退場ルールをほとんどの人が守り、終演後の階段や通路でも私語をしている人は少なく、でもどこか一体感や満足感を共有しているようでもあった。岡山フィルにとっては久しぶりの座席制限が解かれての公演だったが、嬉しい誤算だったのが、ご高齢の方がホールに戻ってきていることだ。ホールの徹底した感染症対策がニュースなどで伝えられたことも大きいし、やはりみんな音楽に飢えているのだ。
 先月はウィーン・フィルが超厳戒体制(チャーター機とバス・新幹線貸し切りで移動。ホテルに缶詰状態)で来日してくれたが、これは例外中の例外。岡山のような地方都市において、地元のプロの音楽家やオーケストラの演奏を聴けることが本当に貴重なことだと改めて感じた。

nice!(0)  コメント(2) 
共通テーマ:音楽

岡山フィル第66回定期演奏会 指揮&Vn独奏:郷古廉 指揮:熊倉優 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団第66回定期演奏会
ヴィヴァルディ/「和声と創意への試み」作品8から『四季』
        第4番『冬』→第1番『春』→第2番『夏』→第3番『秋』
       (指揮・ソロヴァイオリン:郷古 廉)
 〜 休 憩 〜
シューベルト/「ロザムンデ」から間奏曲第3番
  〃   /交響曲第7番ロ短調「未完成」
       (指揮:熊倉 優)
ゲストコンサートマスター:福田悠一郎
2020年10月18日 岡山シンフォニーホール
oka_phil_20201018_1.jpg
 岡山フィルが帰ってきた。しかも、よりアグレッシヴに、そしてパワフルに。
 前半のヴィヴァルディは、郷古さんの弾き振り。この郷古さんの描き出す音楽の世界観がアグレッシヴにして壮大!緊張と安堵、激しさと優しさの入れ替わり、それは荒ぶる自然と生命力、その中で息づく人間の暮らしへの温かい眼差しを表しているようだ。
 先月末に、7ヶ月のブランクを経てフルオーケストラでの活動をようやく再開した岡山フィル。定期演奏会は実に9ヶ月ぶりの開催となったが、郷古さんの壮大でアグレッシヴで、かつ愛情にあふれた世界観を見事に描き出していた。変化するテンポや間合い、ダイナミクスやアーティキュレーションの変化にも拘る郷古さんのディレクションに対し、躊躇を微塵も感じさせず突っ込んでいく演奏に感動した!郷古さんとオーケストラが同じヴィジョンを共有し、音楽生命体として一体化していた。郷古さんも凄いが、さすがは我ら岡山の人々が誇るのオーケストラだ。
 後半のシューベルトは熊倉優さんの指揮。前半に比べると派手さは無いが、彼独特のセンス・感性なのだろう。岡山フィルの持っている温かいサウンドを引き出しつつ、特に第2楽章に入ってからの滑らかな質感の音を重ねて、この上ない和音の美しさを巧みに引き出していた。今回は35分程の共演に終わったが、岡山フィルとの相性はいいのではないだろうか?
(10月22日追記)
 思えば異例ずくしのコンサートだ。9ヶ月ぶりの定期演奏会、座席は市松模様の配置で奏者もSD(ソーシャル・ディスタンス)を取った配置。指揮者と首席コンマスはドイツから日本に来られず、9月の初旬に指揮者はシェレンベルガーから熊倉優さんに交代が告げられる。当日プログラムを開けてびっくり、前半はヴァイオリン独奏の郷古廉さんの弾き振りとなった。
oka_phil_2.JPG

※変更前、変更後のチラシ
 岡山フィルは10年ほど前までは年に2回程度(年に1回の年もあった)しか定期演奏会は開催されていなかったから、9ヶ月というブランクは、以前にも見られたこと。しかし、今の2ヶ月に1回のペースに慣れてしまうと、やっぱり9ヶ月は長かったなー。再開一発目の定期は泣いてしまうんじゃないかと思ったが、結果は久しぶりにのオーケストラの音に感動の涙を流す暇なんて無かった。特に前半のヴィヴァルディは夢中になって聴いた。
 ヴィヴァルディは1stVn5→2ndVn-5→Vc3→Va4、上手奥にCb2という室内アンサンブルサイズの編成で、チェロ以外は椅子を使わないスタンディング・スタイルでの演奏。
 郷古さんのアイデア・解釈が非常に個性的。いや、個性的というのは違うな、独自の世界観を持っていて、既存の演奏とは一線を隠しているから、耳にタコが出来るほど聴いてきた曲なのに、3秒先に何が起こるのか全く読めないのだ。この曲の生演奏を、こんなドキドキ・ワクワク・手に汗握りながら聴いたことは無かった。そしてその音色も研ぎ澄まされている。鋭利な刃物のような音・鳥がさえずるような音・嵐の風の音・・・・いろいろなイメージを聴き手に持たせてくれる。
 当日の演奏を反芻するために、色々な音源を聴きながら書いているのだけれど、どの演奏も生ぬるく感じる、それぐらい郷古さんと岡フィルの演奏は良かった。特に各パートの首席が絡んでいくところは郷古さんの挑発を楽しみながセッションしているし(チェロの松岡さん、2バイオリンの釈さんが若い郷古さんと真剣の殺陣でもやっているかのような火花散る演奏に「カッケー!」と鳥肌が立った)、ゲストコンマスの福田さんがこれまた切れ味抜群の演奏で郷古さんとの相性もバッチリだった。
 演奏順を『冬』から始めるという異例の順序によって、『春』から始まる通常の演奏に比べて、この曲が持つ緊張感や激しさが一層浮き彫りになった。冒頭から驚くような仕掛け。最初「えっ音が外れてる」と思ったが、クレッシェンドの先に現出した不協和音の嵐への助走だった!極端な不協和音の中から背筋がゾクッとする鋭い郷古さんのソロ・ヴァイオリンが入ってくる。
 『春』で同じフレーズが繰り返す場面で、ボウイングを変えるたり強弱を強調したりして、飽きさせない。『春』の第2楽章冒頭では物憂げなヴァイオリンソロに絡んでいくヴィオラの七沢さんが、ヴァイオリンソロをかき消すような、かなり強い2つの音で応えるという他の演奏では考えられない解釈だった。
 『夏』も冬に負けないような迫力だった。強弱の変化もかかり極端で、郷古さんの音は突き抜けてはいたが、岡フィルも郷古さんと一体となった見事なアンサンブルを聴かせた(これ、ほんまにyoutubeで出して欲しい!)。
 先週の「THE MOST」が12人でホールいっぱいに豊かな音を鳴らしていることに驚いたが、ここを本拠とする岡フィルも負けていない。この人数では考えられないぐらい弦の音は響いていた。  
 指揮者交代の末に弾き振りという決断をしたこともさることながら金・土の2日(郷古さんは木曜日になんと日本センチュリー定期でベートーヴェンの協奏曲を弾いた後に、この四季のパワフルな演奏をしてくれた)でソリスト&ディレクターとしてここまで仕上げた郷古さんには感謝しか無い。
 オーケストラも凄い集中力だ。何度もこの曲を演奏しているとはいえ、郷古さんの解釈はこれまでの四季とは全く勝手が違っただろうプロの演奏家たちが本気になったらこんな凄い演奏をする。そのプロ集団が岡山にある。そのことを噛み締めた演奏だった。
 
 去年の7月定期で上野耕平さんと共演したイベールの小協奏曲も、室内アンサンブルのサイズの演奏で、光る演奏を聴かせた岡山フィル。恐らくシェレンベルガーさんがこの曲を取り上げた狙いも、小編成の弦楽アンサンブルに磨きをかけ、また聴衆にもこのサイズの演奏の魅力に気付いてもらう目的だったはずで、その目的は充分に達成されたと思う。これは今後のプログラム展開にとっても大きな手応えを得られたのではないだろうか。
 郷古さんのアンコールのバッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番の第3楽章も良かった。郷古さんのバッハの無伴奏、全曲で聴きたいねえ。
 休憩後はシューベルトの劇音楽「ロザムンデ」から間奏曲第3番。熊倉さんの選曲かな?この選曲が絶妙で、前半に出番のなかった木管が解き放たれたように朗々と歌い上げる。岡フィルの木管はやっぱりいいですね。
 この日のメインはシューベルトの未完成交響曲。後半からは座席に座って弦は1人1プルト、1stVn8→2ndVn6→Va4→Vc4、上手奥にCb3、1.5m程度離してのSD配置。木管金管は前後に充分スペースを取りつつ、客席と同じように市松模様状の配置。
 第1楽章は、タメやテンポの揺らしなど外連味を一切排し、淡々と進む印象で、正直、前半の四季の演奏と比較すると物足りなく感じていた。
 第2楽章に入って、暖かみのあるハーモニーにハッとする瞬間が次々に訪れ、熊倉さんの音色や音の質感への拘りに気付いてからは、心も体も開いて、岡フィルサウンドに陶然と聴き入った。
 「さあ、N響のパーヴォ・ヤルヴィのアシスタントをきっかけに各地の有力オケから引っ張りだこの期待の若手指揮者、どんな仕掛けをやってくるか?」といった期待をして聴き始めたため、第1楽章での熊倉さんの音づくりに耳が行かなかったのが悔やまれる。
 この完成しなかった交響曲、しかも緩徐楽章でコンサートを締めくくる、というのはとても難しいプログラムだろう。通常は前半に置く楽曲だからねぇ。熊倉さんは第2楽章後半の盛り上がる場面にエネルギーをピークに持ってくる演奏設計だったのだろう。それが奏功して、聴き終わった後には非常に満足感があった。
 熊倉さんは自分の音楽の個性を強く打ち出すタイプではなく、そのオーケストラの特徴や美点を引き出しつつ、自分のアイデアやイメージを入れて音楽を纏め上げていくタイプなのではないかと感じた。各楽器が歌う場面では奏者に気持ちよく演奏させる。この日はクラリネットの西崎さんのソロが良かった。作り出す音は違うがシェレンベルガーも同じ方向性で岡山フィルを引っ張っていくタイプなので、このオーケストラとは相性がいいのではと思う。SD配置という制約の中で、木管・金管と弦楽器の響きが溶け合い、惚れ惚れするような輝きと暖かみのある「岡フィルサウンド」を現出させた。客演指揮者でこれほど見事に引き出した指揮者は居なかった。
 演奏後は、岡山の聴衆にとって待ちに待った岡フィル定期演奏会ということもあって、カーテンコールが止まなかった。最後は熊倉さんが弦の1列目奏者と肘タッチで締めくくってお開きとなった。
 終演後は大阪から来られていたコンサートゴーアーのぐすたふさんと、久しぶりのアフターコンサート(SDに気を付けて、駅前のホテルのカフェにて)で、盛り上がりましたが、この9日間で三度も郷古さんのコンサートを聴いたぐすたふさんと「やっぱり郷古廉は凄い」「岡山まで来た甲斐があった」と讃えあい、岡山フィルのことも「あんな前のめりで演奏される四季は、大阪でもなかなか聴けるものじゃない」「前回(第47回定期)聴いた時から音が変わった、暖色系のとても魅力のあるアンサンブルだね」と、仰ってくださいました。毎回聴いてると、アンサンブルが良くなった事は解っていても、そこまで音が変わっていることに気づかない。岡山フィルシェレンベルガーのもとで、本場の音楽をエッセンスを入れつつ、瀬戸内岡山のオーケストラとして独自の音を獲得しつつあることに確信が持てました。
 今回の『復活定期演奏会』は地元メディアも注目していて、山陽新聞の一面に掲載されたのには驚いた。
oka_phil_3.JPG
 記事のよると今回はSD配置のため900席完売だったそう。来れなかった人も多かっただろうな。
 NHKでも夕方のニュース番組で5分以上に渡って取り上げられていた。その様子の動画を見ることが出来る。
待ってた岡フィル演奏会|NHK 岡山県のニュース https://www3.nhk.or.jp/lnews/okayama/20201019/4020006832.html
 シェレンベルガーさんと高畑コンマスが復帰して、シェレンベルガーさんが指揮台で構えたときのホールの緊張感。ここぞというトッティでのゲルマンの血がたぎるような迫力・・・あの感じがやっぱり恋しい。

nice!(0)  コメント(4) 
共通テーマ:音楽
前の10件 | - コンサート感想 ブログトップ