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国内オーケストラ業界の研究:番外編 「クラシックコンサート市場が成長しているこれだけの証拠」 [オーケストラ研究]

 タイトルが、あやしいネット記事みたいになっているが(笑)今回は、このコロナ禍の中で、多大な影響を受けている業界の一つ、クラシックのコンサートの動員力について、コロナ以前の数字にはなるが明るい話題を提供できればと思ってエントリーした。

 実は、この記事ははじめからその意図を持って書き始めたわけではなく、2023年開館予定の岡山芸術創造劇場についてのシリーズ記事の情報収集の一環で、舞台芸術や音楽コンサートをはじめ、スポーツ興業や映画に至るまで、日本人の中でどの程度の割合の人が趣味として楽しんでいるかを調べているうちに、私自身も驚くほどクラシック・コンサートが動員力のあるイベントであることが解ったことがきっかけ。


 以前の記事でも、クラシック・コンサートの中のオーケストラ・コンサート市場が成長していることを裏付けるデータを紹介した。


以前の連載記事:

国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究 目次


急成長するオーケストラコンサート市場について言及した記事



 では早速、今回調べたデータの中から、まずは文化庁の文化芸術関連データ集から「実演芸術(分野毎の公演回数)」を見てみよう。

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 まず、 オペラ公演については2006年までは急成長を遂げていたが、ここ10年はやや減少傾向に入っているようだ。演劇は公演数・団体数ともに衰退傾向にあることがわかる。最盛期の2004年と直近の2015年のデータを比較すると、36%もの落ち込みで、10年余りで2/3になっていたのだ。これを見ると岡山芸術創造劇場の主要コンテンツとして想定される演劇については、将来性のある分野とは思えない現実が浮かび上がる。

 一方で、オーケストラ公演数を見てみると、 こちらは2014年と比較すると46%増、1999年と比較すると59%もの伸びを見せている。
 2003年のシェレンベルガー就任以降の岡山フィルの集客の伸びは、もちろん岡山フィルという楽団の頑張りよるものが大きいのだが、業界全体を俯瞰した場合でも、国内全体のオーケストラ公演の集客の急速な伸長という追い風にも乗っていたことが解る。

 上記のデータは団体数や公演数のデータしか解らないので、具体的な観客動員を時系列で追えるものを探していると、「社会生活基本調査」という調査に行き当たった。

 社会生活基本調査は、国民の生活時間の配分や余暇時間における主な活動の状況など、国民の社会生活の実態を明らかにするための調査で、趣味やスポーツについて抽出調査した項目もある。
 以下に挙げる表の数字はすべて%で、国民全体の中で当該項目を趣味と考えている人で、かつ年に1日以上の活動回数を回答した人の割合を表している。

 そしてなんと、社会生活基本調査には「音楽会などによるクラシック音楽鑑賞」という項目があるのだ。これには少々驚いた。

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 この数字をみて、皆さんどうお感じになるだろうか?私は驚くのは「クラシック公演を趣味としている」割合の多さだ。調査票を見ると、年に1回以上足を運んでいれば項目に含まれるそうなので、年に数十回足を運ぶコンサートゴーアーから、年に1度しかいかないライトな層までを含んでの話にはなるが、10歳以上の国民の10.1%、約1100万人程度の人がクラシック公演を楽しんでいることになる。


 私は上記でも紹介した「国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その2:オーケストラは国民的娯楽!?)」の記事の中で、「連盟加盟オーケストラだけで423万人の動員がある。非加盟団体や海外オーケストラ、ピアノ独奏や室内楽、声楽やオペラ公演まで含めると、クラシック音楽の鑑賞人口は1000万人を突破するかも知れない」と書いたのだが、この社会生活基本調査のデータは、その予測を裏付けてくれる数字になった。


 さらに、オーケストラ公演でも見られたように、トレンドとして集客も伸びていることも見て取れる。年代別で見ると、この30年間で40〜50代で倍増、60代以上では5〜8倍増という驚異的な伸びを見せている。
 よく「クラシックのコンサートに行くと高齢者ばかりで、これでは将来が危うい」という業界の嘆きが聞こえるが、データを見ると、それは単なる印象論に過ぎないことが解る。若年層のすべての年代で堅調に伸びを見せていたのだ。これは驚くべきことで、下に紹介するスポーツ観戦やポピュラー音楽のライブ・コンサートでは若年層が軒並み減少傾向にある、そんな中でこのクラシック・コンサートの数字はかなり健闘している。


 世の音楽家の皆さんに言いたい、今はコロナ禍で大変な苦境に喘いでおられるかも知れないが、皆さんの活躍によって、この市場はこれほどの成長を見せているのだということ。コロナが収束し世の中の雰囲気が変われば、再びこの業界は活況を呈すると信じています。


 クラシックコンサート以外の趣味・娯楽のデータもある。まず、スポーツ観戦を見てみよう。

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 意外なことに、スポーツ観戦の割合は高年齢層では増加傾向にあるが、10代後半から20代は明確に減少傾向にある。


 では次にポップスなどのライブ・コンサート

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 これも意外なことに、10代後半〜20代前半はかなりの落ち込みを見せている。しかし全体としては高年齢層の爆発的増加が全体を押し上げている。クラシックコンサートは10.1%だったから、ポップス等のコンサートとは3.6ポイントぐらいしか違わないというのも驚きだ。ボリュームで言えばクラシック・コンサートの市場はポピュラー音楽のコンサート・ライブの市場の3/4ぐらいの規模にまで成長しているのだ。

 では、今の若者の支持を集めている趣味・娯楽はなにか?

 まず、映画館は一貫して好調だ
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 若者の支持も集めているし、高年齢層も爆発的な伸びを見せている。

 次に、映画館以外での映画鑑賞、古くはレンタルビデオ、現在はネット配信ということになろうか。若者から高年齢層まで、絶対的な支持を集めている。

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 そして、予想された方も多かったのでは?「テレビゲーム・パソコン・ゲーム」は、全世代に渡って国民的娯楽として確固たる地位を築いている。
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 意外でもあり「なるほど」という納得感もあるのが「写真撮影」。デジカメが一般化し始めたのは2000年頃だと思うが、デジカメの登場によって、気軽に誰もがカメラマンになる時代になった。SNSの普及により、2021年の調査ではもっと伸びているだろう。
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 若者の動きを見ると、スポーツ観戦やポピュラー音楽のライブなど、実演・実技の生体験は軒並み数字を下げている。その一方で、日時や場所の制約のハードルが低い映画鑑賞や、自宅で楽しめるゲームや動画配信などが急速に伸びている。そんな中でも若者聴衆が増加傾向にあるクラシックコンサートはかなり頑張っている方だと思う。


 社会生活基本調査の中の演劇・舞台芸術については、また「2023年開館!岡山芸術創造劇場について」シリーズにおいて見ていきたいと思う。


 こうした実際の数字を見ればクラシック・コンサートの市場が成長軌道にあり、インドア化する若者の行動傾向のなかでも、クラシックのコンサートは若い世代も伸びを見せているのに、「聴衆の高齢化」などを理由に将来を悲観する向きがなぜあれほど多いのだろうか。


 私も色々考えてみたが、理由としてはこんなところかな?


①過当競争説

 市場全体としては伸びているが、オーケストラの数も音楽家の人数も増加していて過当競争に陥っているため、個々の団体や音楽家からみると市場の成長が感じられていない。


②自転車操業説
 オーケストラ公演などが該当するが、元々王侯貴族やブルジョワ階層がパトロンとなって発展してきた業界・業態だけに、常に資金難の問題を抱えて自転車操業の状態にあるため、市場全体の成長を構造的に実感しにくい。


③聴衆の選民思想

 クラシック音楽ファンの間に見られる傾向だが、自分が趣味としているクラシックのコンサートは、自分のような少数派にしか理解されないと思っている=いわば選民思想があり、そうした思想を裏付けるためにはクラシックのコンサート市場が拡大している=大衆化の事実は認めたくない。余談になるが、そうした選民思想に陥っているマニアほど、クラシックの枠を超えて国民的人気となった音楽家を叩いたりするのではないか?


④戦略的「危機感」演出説

 上記②の変形型(?)で、もしこれが当たっていたらすごいと思うのだが、「クラシック音楽の未来が危ない」「高齢化が著しく、もっと若者に来てほしい」と危機感を煽ることで、様々な分野からの支援が得られやすく、特に構造的に採算性が得られにくいオーケストラは資金集めがしやすくなる。


⑤単に数字を見ていない説

 でも、実はこの説が一番真実に近いと思っているのだが、こういう客観的数字を見ることが出来ておらず、先入観や感覚で判断しているので、悲観的シナリオが定着してしまった。

 例えば聴衆が集まらなければ、そのプログラムや戦略が間違っているのか、①で挙げた過当競争に陥っているのか、などの分析的な判断が必要になってくるだろう。


 こういったところかな。私自身も、スポーツ観戦やポップスのライブ・コンサートが若い世代の支持を失っている中で、若い世代も堅調な伸びを見せていることに驚き、いかに先入観を持っていたかが解った。


 ではなぜ、クラシック・コンサート市場が成長しているのか?これはデータに基づかない私の仮説なのだが、まず1つ目は国内のオーケストラや音楽家の演奏レベルが急速に上がっているのだと思う。いい演奏に接すれば、また次回も行きたくなる、この好循環が業界を成長させているのではないだろうか。


 もう一つは数年おきにやって来たクラシック音楽のブームによって、クラシック音楽に接触した人が、この市場に取り込まれてきたという仮説。古くはブーニン、朝比奈隆、モーツァルト生誕300年、のだめ、辻井伸行、ピアノの森、蜜蜂と遠雷などなど、大小様々なブームでクラシック音楽に接触した人が少しづつこの市場の支え手になっている、という説だ。


 結論としては、クラシック音楽の未来は決して暗くはない! ということである。

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伊閣蝶

極めて興味深い、それもきちんとしたデータに基づく分析に、目を洗われたような心地がしました。
クラシック音楽、それも実演を聴きに行くという人たちの割合は、私個人的な感覚としては、以前からだいたい一割くらいなのかなと感じておりましたが、増加の傾向にあることに、正直に申し上げて驚きました。
要因についても大変頷けます。
私が一番大きな要因と思うのは、ヒロノミンさんもお書きになっておられるように、「国内のオーケストラや音楽家の演奏レベルが急速に上がっている」ことだと思います。
このところの新型コロナ騒ぎで、私は演奏会に足を運ぶことが激減してしまっておりますが、そんな少ない体験からしても、日本のオーケストラのレベルはすでに世界的なものとなっていると感じます。
弦の美しさは以前から感じておりましたが、管楽器それも金管の安定感は正に世界レベルにまで達していると思います。
しかも、地方のオケが軒並みレベルアップしてきており、全体を底上げしているのではないでしょうか。
楽しみはこれからですね。
by 伊閣蝶 (2021-08-15 16:47) 

ヒロノミン

>伊閣蝶さん
 正式なデータではなく各年代の人口比で割り戻した推計値ですが、昭和61年頃は6%を切っていたものが、平成28年に10.1%まで伸びているのは驚きです。私の実寒としてはカラヤンやバーンスタイン最晩年の頃のほうがクラシック音楽の話題が世の中の話題にのぼっている印象があったからです。
 しかし実際のデータが示しているのは、当時と比較しても現在の方が市場規模が1.5倍以上に伸びていること。そしてポピュラー音楽のライヴ・コンサート人口と比較しても3/4程度の規模があること。
 やはり音楽家のレベルアップは間違いないと思いますし、各地方のオーケストラはじめ、岡山のような地方都市でも海外で研鑽を積んだ実力のある音楽家の生演奏が聴ける環境にある。
 仰るとおり、楽しみはこれからだと思います!
by ヒロノミン (2021-08-15 21:55) 

narkejp

たいへん興味深いです。「若い人が来ない」件、当地の山形交響楽団の場合は、高校生と思われる制服の若者や学生らしい人など、けっこうな数の若い人が見られます。山響自体がスポンサーを得て若者を招待する事業を継続していますので、オーケストラの演奏会に親しみを持つ人の絶対数は増えてきていると感じます。むしろ、ポップス系地方公演が懐メロ化して老人世代ばかりになってしまっているのが現状かも。
こういう基本調査の統計データは、実に宝の山ですね。

by narkejp (2021-08-17 06:56) 

ヒロノミン

>narkejpさん
 私自身、データを整理していて、これほどまでにクラシックのコンサートが健闘しているとは思っていませんでした。
 岡山でも(連日200人近いコロナ陽性者が出ていたこともありますが)先日のソワレ公演では、10代〜30代の方が本当に多かったです。実感では大阪などよりも岡山のほうが若年層の聴衆が多い印象です。
 ここ10年はライブハウスに足を運んでいませんが、私が高校生の頃は、学校が禁止していようが親に怒られようが、お構いなくライブやコンサートに行っていたように思います。最近はたしかにポップス系のホールでのコンサートも中高年をターゲットにしたものが多いですね。
by ヒロノミン (2021-08-18 22:29) 

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