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高畑壮平氏による冬の音楽アカデミー コンサート&演奏法解説 [コンサート感想]

高畑壮平氏による冬の音楽アカデミー コンサート&演奏法解説


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ヴァイオリン:高畑壮平

ピアノ伴奏:川﨑佳乃


2022年2月17日(金) 日本福音ルーテル岡山教会


・ノルトライン=ヴェストファーレン州立南ヴェストファーレン・フィルの第一コンサートマスターを37年間勤め(私にとっては何と言っても『岡山フィル 前・首席コンサートマスター』としてのご活躍の印象が強い)、ドイツを中心にヨーロッパでの演奏法な精通するヴァイオリニスト:高畑壮平さんによる、演奏法の解説を交えながらのコンサートを聴講した。

・私自身は全く楽器を演奏しないので、「あー、高畑さんの琥珀色に輝くようなヴァイオリンの音色を聴きたいな」と思いつつも、マスタークラスのようなものをイメージしていたのだが、主宰者の黒田さんから「コンサートとして聞かれる方も大歓迎ですよ」とご返事いただけたので参加した次第。

・高畑さんのソロを最後に聴いたのは、2020年7月の岡山フィルの定期演奏会でのワーグナー/ジークフリート牧歌の冒頭。チェロ首席の松岡さんとの掛け合いは絶品で、コロナが猛威をふるっている真っ最中にあるなかで心の癒やしとなった。

・プログラムに載っている曲だけではなくて、クラシックからスタンダードナンバーやエバーグリーンと言われる名曲を沢山取り上げた。高畑さんの演奏は聴衆を惹きつける力が別格に強く、「ああ、いいなあ」とうっとりした瞬間、そんな私の心の動きを察知したかのように、首根っこを掴まれて、美音の渦の中へこれでもか!と引きずり込んでいくような剛腕さがある。この感覚は過去に聴いた思い出の中では、オーギュスタン・デュメイやダニエル・ホープ、忘れてはならないのがシェレンベルガーのオーボエもそうだった。

・で、今回はそんな「引力の強い演奏」の秘密を理論的に解説するというとても興味深いものだった。解説は極めて実践的で、第一義的には演奏を志す方に対してヒントと示唆に富むものなのだろうが、私のような「聴き専」の聴衆にとっても本当に面白いものだった。もしかすると音楽の聴き方がこれがきっかけでガラッと変わるのではないか、そんな貴重な時間になったのだ。


以下、3月11日追記


・高畑さんの解説を聞いて一番印象に残ったのは、「音楽は決して天から降ってこない、自ら作り出さねばならない」という言葉だ。さらに「頭の中でイメージしたことが、音楽に反映されるのではない。大事なのはあくまで「フレージングを作り出す技術、能力」という言葉も印象に残った。

・ドイツでこの「フラジーレン」の能力は、演奏家にとって根幹を成すものらしい。音楽には「緊張と緩和」の波がある、『目的音』に向かって音楽が緊張とともに大きな波となり、頂点に達すると今度は緩和に向かう。そして再び目的音に向かって緊が始まる。これが「フレージング」の基本構造。

・こういうお話は私も聴いたことがあり、最近ではあるヴァイオリニストの方も、TV番組で「フレージングの重要性」について語っているのを目にした。面白いのはその方が「イメージを持ち、膨らませる」ことの重要性を指摘したのに対し、高畑さんは「イメージが音楽を作るわけではない」ということを明確にしている点。

・「緊張」と「弛緩」、そして「目的音に向かっていくエネルギー」について、高畑さんが様々な楽曲で実際に演奏して見せてくれると、とてもよく理解できた。

・例えば、サウンドオブ・ミュージックの演奏では、音楽がピークに達して聴き手が陶酔の中にいる状態で、そこからまた音楽が寄せては返す波がどんどん大きくなるかの如く繰り返されるエネルギーの大きさに圧倒される・・・よく、評論などで「体格の良い西洋人ならではのパワフルな演奏」「肉食系のハイカロリーな演奏」などと言われたりするが、実は高畑さんは体格的に恵まれているわけではない。そうした事は全く関係なかったのだ。

・終演後に高畑さんに、このレクチャーコンサートへ「聞き専」の聴衆として参加したことで、今まで疑問に思っていたことがどんどん氷解するような感銘を受けたことを伝え、今回、高畑さんが自身の負の部分をさらけ出すような現場経験を踏まえてのお話について、私自身の記録のためにもブログに書いてもよいですか?と許可を求め、『ぜひ書いてください!』と快諾を得ましたので、以下に書かせていただこうと思う。

・高畑さんの音楽家人生の転機は、突然訪れた。芸大卒業後に渡独。ハノーファー音大で本場の奏法を身に着け、歌劇場のコンマスを皮切りに南ヴェストファーレン・フィルの第一コンマスに就任するなどキャリアを重ね、聴衆や団員の評価も得たことで「この方向性で研鑽を積んでいけばよい」と確信し始めたある日、同僚のオーボエ奏者から「君の演奏は音楽とは言えない」と青天の霹靂のような指弾に遭った。高畑さんはフレージングやアーティキュレーションについて、一通り説明したのだが、なんとその同僚から「そんなことだろうと思った」と鼻で笑われたという。

・「フラジーレン」と言うのは、楽譜上でフレーズを設定したら、その中の音をダイナミクス、アゴーギク、アーティキュレーション、リズム等々様々な要素や素材を使い自分で「レイアウト」を創り出す事なのだそうだ。楽譜に書いてあることを色付けするのではなく、むしろ音楽家はフラジーレンする能力があることが前提で、楽譜にはその要素だけしか書かれていない。楽譜の記号だけを読み取って音を並べたのでは音楽にならない、強い調子で指摘された。

・同僚からの指摘で高畑さんは「フラジーレン」について調べていくうち、ドイツと日本では幼少期の音楽教育が根本的に違うことに気付く。それは、ドイツでは楽譜を読み解くことや楽器の操作方法を身につける前に、5歳のころからフレージングを自分で造っていく能力を学ぶ。高畑さんは(ご謙遜も入っていると思うんですが)これまでの自分は上辺のテクニックや技術で味付した音楽しか演奏していなかったのではないか?その気付きはたいへんなショックだったそうで、音楽家人生が一変する体験だった。

・ドイツのオーケストラがリハーサルの段階で、最初は全く縦の線が合わない事を不思議に思っていた。日本のオケでは自然と縦の線が合って行くのだが、ドイツはそうではない。彼らがなぜ周囲と合わせようとしないのか?理由がわかった。個々の音楽家は「フラジーレン」を創造しようとする、その混沌の中でアンサンブルを造っていく作業は、個々の音楽がぶつかり合い、時に意見が違う者同士の紛争も辞さず、それでもいいものを造ろうというエネルギーの中で、一つ上の次元で統合していく感覚のようなのだ。だからこそ、その音楽的方向性の一致点/統合点が見いだせたとき、物凄い深みと推進力の有る音楽が生まれる。

・このお話を聴いて私が思ったのは、「これはヘーゲルの言うアウフヘーベンの音楽版だなあ」である。矛盾や未解決の問題が存在する場合、片方が安易に妥協したり折れるのは真の解決方法とは言えない。まず個が確固たる基盤の上で自立した主張を成り立たせていること。その主張同士が、時には闘争することも辞さない構えでぶつかり合い、その中でひとつ上の次元の解決策が見出される・・・・なるほど、だから本場の音楽家やオーケストラの演奏は、あれほどの迫力を持って聞き手に迫ってくるのか・・・

・高畑さんは、それまでコンマスとしてオーケストラのアンサンブルが全く合わない時、「何をやってるんだ、楽譜にこう書いてあるでしょ!」と楽団員を嗜める事がしばしばあった。しかしそれはヨーロッパの伝統的な音楽作りを十分に理解していなかった。楽譜に指定が無くとも自らフラジーレンし演奏するべき物がある。楽譜が音楽家のフラジーレン能力を前提にしている事は、ドイツに限らずヨーロッパの伝統の底流をなしている。

・高畑さんはドイツの伝統的な「フラジーレン」の能力を身につけるために、小学校高学年の子供が勉強するような内容からやり直したそうだ。私などから見ると、本場のオーケストラのコンサートマスターまで務めているプロの奏者が、そんな苦しみを伴う学び直しをすることに戦慄を覚えたが、実際には「宝の山が見つかった」という感覚だったそうだ。往年の巨匠たちがどの音に向かってフレージングを創っているのかが解明できるようになった。あるいはそれまでのご自身の演奏の問題点を克服し、借り物や真似ではない「自分が作り出した音楽」という宝を掘り当てた、とのこと。 


・他にも面白いお話は沢山あった。日本語では「私は今日、天気が良かったのでピクニックにでかけました」という文章を平らに喋ることに違和感がないが、ドイツ語ではどこかの単語に力点を置く。「今日」なのか「天気が良かったから」なのか「ピクニック」なのか、喋る当人が強調したいことを明確にせずにはおられない。そういった目的思考の言語感覚が「フラジーレン」の作り方に影響している。などなど・・・・

・話があちこち飛んでしまったが、私にとっては本場のオーケストラの音の迫力、心を捉えて話さない表現の深み、その秘密の一端が垣間見えるようなレクチャーに興奮した。去年岡山で聴いたパリ管も、一昨年姫路で聴いたウィーン・フィルも、椅子に押し付けられるような圧を感じるパワーを感じたのだが、この日の高畑さんの演奏にも同種の迫力、引力を感じた。

・また、しきりに「緊張しっぱなしではいい音楽にならない」と仰っていたか、緊張と弛緩の繰り返しが、こういった力強さを生み出すのかもしれない。私には解明できないが、たいへん楽しい時間だった。

・高畑さんは現在、出雲フィルハーモニー管弦楽団の客演コンサートマスターを勤めている関係で、年に2回ほど来日の機会があるようだ。次回の「アカデミー」も(聴き専の私でもOKのものならば)是非参加してみたいし、楽器を演奏される方ならば尚更、大きなヒントを得られること請け合いだろうと思う。

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