The MOST in JAPAN 2021 岡山公演 [コンサート感想]
The MOST in JAPAN 2021 岡山公演
芥川也寸志/弦楽のための三楽章―トリプティーク
バッハ/ピアノ協奏曲 第7番ト短調 BWV 1058
第1楽章:横山藍子 第2楽章:吉田早希 第3楽章:渡邉桜子
サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン
Vn独奏:福田廉之助
ドヴォルザーク/弦楽セレナーデ ホ長調
バッハ/ピアノ協奏曲 第7番ト短調 BWV 1058
第1楽章:横山藍子 第2楽章:吉田早希 第3楽章:渡邉桜子
サラサーテ/ツィゴイネルワイゼン
Vn独奏:福田廉之助
ドヴォルザーク/弦楽セレナーデ ホ長調
The MOST members
ヴァイオリン:福田廉之介、倉富亮太、小島 燎、小林壱成、戸澤采紀、関 朋岳、竹田樹莉果
ヴィオラ:正田響子、田原綾子
チェロ:上村文乃、山根風仁
コントラバス: 岡本 潤
去年発足した12人のスペシャルタレント弦楽合奏団 The MOSTの2回目のツアー。今回も京都公演が中止になるなど感染症との闘いは続いているが、それにめげるどころか聴く者を鼓舞する凄い演奏になった。
開演前のプレコンサートは、今回から加わったメンバーの戸澤さん、関さん、山根さんによる弦楽三重奏(曲は不明)、これがまた絶品の演奏。
一曲目は待ちに待った芥川のトリプティークの冒頭から心のなかで「ヒュー!」と喝采を送ったほど、キレキレの演奏で始まった。
長年コンサート通いをしている時分にとっても、「生演奏ってこんな体験があるんだ」と新たな目撃・体感があり、
・12人しか居ない弦楽合奏がホールを震撼させることがある
・オスティナートでの音の強弱とアクセントは音楽に浮力を与え、自由に飛行する運動体のようになること
を初めて体験した。
個々が理にかなった明確なソノリティを持っていて、イマジネーションが呼応仕合って、表現のバリエーションがどんどん拡がること。そしてそれらを支える高い技能。
今回、特に気づいたのがコントラバスの岡本さんの音、11名のヴァイオリンからチェロパートを支えるだけじゃなくて、ここという時には先陣を切って低音で引っ張っていく。あの巨大な楽器を華麗に弾く姿に惚れ惚れする。フィジカル面でも音楽面でもこのアンサンブルの軸になっている。
現実世界の「祭り」が変容を遂げ、掛け声や喝采、密着の肉弾戦を禁じられた世情において、ホールの中では自由な魂の「祭り」が再現された。コンサートの翌日にこの曲の感想を書いているのだが、まだ頭の中で鳴り響いている感じ。
現実世界の「祭り」が変容を遂げ、掛け声や喝采、密着の肉弾戦を禁じられた世情において、ホールの中では自由な魂の「祭り」が再現された。コンサートの翌日にこの曲の感想を書いているのだが、まだ頭の中で鳴り響いている感じ。
次は、オーディションで選定した10代の次世代を担う音楽家との共演。今回はバッハのピアノ協奏曲第7番。
堂々と舞台に入ってくる子もいれば、右手と右足が同時に出るほど緊張している子もいたが、3人ともひとたび鍵盤を叩き始めると立派な演奏を聴かせた。音楽への愛情と献身に年齢は関係ない。3人の若いピアニストたちの奏でる音楽世界に寄り添い、華を添え、盛り上げていくThe MOSTのメンバーがも、数年前・十数年前には同じように大舞台のステージをくぐり抜けた経験を持っているはず。この世界へようこそ、という気持ちに溢れていた。
休憩時間後のツィゴイネルワイゼン。一般的には管弦楽で伴奏されることが多いが、この曲をソフィア・ゾリステンで聴いて依頼、より音楽性が純化される弦楽合奏版の方が好きになった。
廉之助くんのヴァイオリンは、彼が中学生のころから聴きているが、先月のブラームスの協奏曲を聴いたときは、もうこんな遠い高みに登っていってしまったのか、という感じがあったが、このツィゴイネルワイゼンを聴くと、彼の核としてあるファンタジスタな部分は変わっていないと感じる。
ソロ活動に、ジュネーヴ音楽院で学ぶ音楽学徒として、そしてコロナ禍のなか、東奔西走してこのプロジェクトを進めてきた彼にとっては、全幅の信頼をおいて相互に刺激し合う仲間の中で、この曲のソロを弾く事は、ある意味ご褒美なのかも知れない。自由奔放だけれどもピシッと決まる音楽に圧倒された。
メインはドヴォルザークの弦楽セレナーデ。ドヴォルザークの中期の作品はアイデアが盛り込まれすぎて、イマイチまとまりに欠ける曲が多い印象で、この曲もそうしたイメージを持っていたのだが、このアンサンブルで聴くと、「こういう曲だったのか」という腑に落ちるような説得力と深みを感じた。
堂々と舞台に入ってくる子もいれば、右手と右足が同時に出るほど緊張している子もいたが、3人ともひとたび鍵盤を叩き始めると立派な演奏を聴かせた。音楽への愛情と献身に年齢は関係ない。3人の若いピアニストたちの奏でる音楽世界に寄り添い、華を添え、盛り上げていくThe MOSTのメンバーがも、数年前・十数年前には同じように大舞台のステージをくぐり抜けた経験を持っているはず。この世界へようこそ、という気持ちに溢れていた。
休憩時間後のツィゴイネルワイゼン。一般的には管弦楽で伴奏されることが多いが、この曲をソフィア・ゾリステンで聴いて依頼、より音楽性が純化される弦楽合奏版の方が好きになった。
廉之助くんのヴァイオリンは、彼が中学生のころから聴きているが、先月のブラームスの協奏曲を聴いたときは、もうこんな遠い高みに登っていってしまったのか、という感じがあったが、このツィゴイネルワイゼンを聴くと、彼の核としてあるファンタジスタな部分は変わっていないと感じる。
ソロ活動に、ジュネーヴ音楽院で学ぶ音楽学徒として、そしてコロナ禍のなか、東奔西走してこのプロジェクトを進めてきた彼にとっては、全幅の信頼をおいて相互に刺激し合う仲間の中で、この曲のソロを弾く事は、ある意味ご褒美なのかも知れない。自由奔放だけれどもピシッと決まる音楽に圧倒された。
メインはドヴォルザークの弦楽セレナーデ。ドヴォルザークの中期の作品はアイデアが盛り込まれすぎて、イマイチまとまりに欠ける曲が多い印象で、この曲もそうしたイメージを持っていたのだが、このアンサンブルで聴くと、「こういう曲だったのか」という腑に落ちるような説得力と深みを感じた。
これほどドヴォルザークの素の魅力が詰まった作品は無いかもしれない。味わい深い魅力的なメロディ、農民舞踊のようなリズムが溢れ、何よりドヴォルザークの遊びやアイデアが満載で、アクセント、強弱、シンコペーション、リズムの変化、すべてが彼らによって見事に表現しつくされることで、この曲の進化がわかった。
同じフレーズでもどんどん印象を変化させていくので、「次はどうなる?」とわくわくしながら聴いた。まさにMagical Orchestra of Special Talentsを堪能。先日のラジオ番組で、「この名称は僕が考えたんじゃなくて、スイスの友達が考えてくれた」と語っていたが、この12名はこれ以外の表現方法はないと思うほどピッタリの名称だ。
去年はチャイコフスキーの弦楽セレナーデを演奏したが、その時よりも音の深みが増した。第1楽章冒頭の第1主題は、空が白白として輝かしい朝日が登るような音色だが、第4楽章終盤で再現される第1主題は、祭りが終わり、満足感と少しだけの気だるさが漂う、黄昏の美しさを讃えていた。
アンコールはルロイ・アンダーソンのタイプライターとプリンク・プランク・プルンク、まだツアーが終わっていないので詳細は控えますが、楽しい演出もあった。
会場は実数カウントで750人だったそうだが、拍手が熱いね。なんだかコロナ禍以降、このホールの聴衆のハートの熱さに驚いてしまう。廉之助くんが「7歳の頃にはじめてこのホールでツィゴイネルワイゼンを弾いたんですけど」と言った時にMOSTの他のメンバーが目を丸くして居たのが可笑しかった。
廉之助くん自身、自分の才能にチャンスが与えられたことに感謝してるからこそ、10代の音楽家にチャンスを与える、この企画に情熱をもやされているのだろう。
これからも応援します。取り敢えず、東京公演のネット配信のチケット、買いました。12月末まで繰り返し聴けるので今回の演奏を反芻しましょう。
心から、音楽会っていいなあ、と思える時間だった。
心から、音楽会っていいなあ、と思える時間だった。
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