SSブログ

京響スーパーコンサート 広上淳一指揮 Vn:五嶋みどり [コンサート感想]

京響スーパーコンサート

モーツァルト/歌劇「後宮からの逃走」序曲
チャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲ニ長調
  ~ 休憩 ~
リムスキー=コルサコフ/交響組曲「シェエラザード」

指揮:広上淳一
管弦楽:京都市交響楽団
ヴァイオリン独奏:五嶋みどり
コンサートマスター:豊島泰嗣

2016年9月11日 京都コンサートホール大ホール
DSC_0348.JPG

 盛りだくさんのコンサート、終わってみたら2時間35分の長丁場、もうおなか一杯のコンサートでした。
 まず、五嶋みどりのチャイコフスキーのコンチェルト。この方のヴァイオリンはもう別格です!1フレーズ1フレーズを疎かにしない、といったらありきたりの事のようですが、この方は本当に疎かにしないし、聴く方も疎かに聴くことなんてできない。弱音部の繊細な表現は、客席の固唾を飲む音が聞こえてきそう。別世界の静寂を作り出しています。
 演奏開始前からオーケストラからただならぬ緊張感が漂っていて、演奏が始まるとその緊張感が客席に感染。何なんでしょう?このピリピリする緊張感。僕の妄想ですが、もしかしたら、明日、この世界が滅亡することが決まっていて、僕以外の人はそのことを知っている。だから世界のみどりさんのヴァイオリンを聴きに来た。美しくも凛として、運命を受け入れようとしているような、異常な昂奮。そんな世紀末的なチャイコフスキーのコンチェルト。
 それに付ける京響の伴奏も、文句な!!世界一流のソリストを相手に、プロのオケマンがそのプライドに賭けて、全力で支え・協奏する。するとこんな稀有なコンサートになる、その証明のような演奏でした。

 メインのシェエラザードは、いやはや、もう何も言うことが出来ないですね。脱帽です、別格です。広上さんの就任記念定期で取り上げられたこの曲、木管金管のソロも多く、キャッチーな旋律と劇的な展開が、広上&京響のカラーに合うのか、節目節目に演奏されてきましたが、これほどの水準の演奏を聴けるとは・・・。
 広上さんのタクトのもとで、全てに於いてパフォーマンスがハイレベルで、ため息しか出ない。 京響を聴く度に「凄い凄い」を連発してますが、もう、京響に対して「凄い」という言葉を使うことは失礼かもしれません。これが今の京響のまごうことなき実力。
 広上さんは「国内トップの実力に成長した」とおっしゃったが、海外の一流どころとも充分に渡りあえる演奏でした。こんなオーケストラがある京都市民の皆さんが本当に羨ましいし、だからこそ、空気の読めない唐突な拍手や、カーテンコールのボルテージが最高潮の時に、椅子をバッタンバッタン音を立ててホールを後にする聴衆の姿に落胆…(大多数の人は最後まで昂奮を共有しましたが)。

(9月17日、更新)

 9月9日の夕方から京都入りして、初秋の嵯峨野を中心に観光。雨上がり後の秋晴れということで、空気が澄んで景色が本当に美しかった。その上に旅の最後に五嶋みどりのヴァイオリンの音に心を射貫かれ、京響の絢爛豪華なサウンドの渦に身を任せる。最高の旅になった。

↓嵯峨野の大河内山荘からの比叡山と京都市内。空気が澄んでいました。
DSC01401.JPG

 相方もこのコンサートを本当に楽しみにしており(というより、チケット争奪戦に参戦して見事に勝ち取ったのは相方)、前回、二人で京響を聴いたのは去年の6月の小泉和裕指揮のブルックナー4番。僕はその後何回か聴いているので、相方に「その時も凄かったけど、そこからワンランクも2ランクも上を行く演奏になると思うで」と予言していましたが、京響のパワフルさ・まばゆいばかりの音色の輝きは、去年どころか僕が前回聴いた5月の定期演奏会から比べても1ランク上を行くものでした。

 まず、1曲目のモーツァルトからして音が違います。最先端のピリオド奏法ではなく、あくまでモダンなモーツァルトですが、オーストリアのオーケストラが出しそうなしなやかな音色を出しています。演奏の精度はまだまだこんなもんじゃない、という感じではありましたが、その高貴な響きだけで満足させるものでした。

 冒頭にも書いたとおり、五嶋みどりのチャイコフスキーのコンチェルトが、この日の目玉で、一般発売後数分で完売だったようです。会場の前には「チケット売ってください」と書かれたボードを持った人が居て、ヤフオクやオケピなどが定着した現在では、こんな光景は珍しいでしょう。同じプログラムで行われた東海地方ツアー3公演も全て完売だったというから、みどりさんの音楽を渇望している人がいかに多いかがわかる。

 コンサート前のプレトークで、自らNPO法人の代表をつとめ、音楽を通じて障害者と社会をつないでいく様々な取り組みを行っている。実際、岡山の障害者福祉施設の「旭川荘」のミュージックアカデミーでも五嶋さんの活躍を目にしたことがありますが、五嶋さんにとってはこうした活動はボランティアのレベルに止まらず、演奏活動と車の両輪を成すぐらいの大事な営みなのだろう。

 演奏は、それは凄まじい緊張感に貫かれ、どこまでも美しく広がりのある音楽だった。チャイコフスキー独特の甘い甘いメロディーラインを強調することなく、弱音部や高音部、第二楽章などの緩徐部分に、今回の演奏の真骨頂があったように思う。広上さんが以前ラジオで、音楽の前では指揮者も演奏者も全てをさらけ出されてしまう、ということをおっしゃっていた。世界屈指のヴァイオリニスト:MIDORIの一流の技と音を聞いたと同時に、まさに五嶋みどりという人間の全てがさらけ出されたすごみがあった。たとえ世界が明日終わっても、今、この瞬間に集中する。これほどの演奏を前にしては、聴いている人間の無用なプライドや凝り固まった概念や知識はガラガラと崩れてしまう。

 実は今回のコンサート、曲目を見たとき、少しがっかりしたところがあった、「なぜ、ブラームスやシベリウスじゃないのか?」と・・・。ところが、演奏がふたを開けてみると、食傷気味になっていたチャイコフスキーのコンチェルトが、まったく違う世界があることが分かった。甘いトロトロのメロディーは、全くの濁りのない皓然とした音列に姿を変え、緩徐楽章のメランコリックな世界は、菩薩が見守る天上の世界のようだった。そこを京響のフルートやクラリネット、ファゴットが、菩薩の使徒のように宙を舞う・・・。広上さんもオーケストラも、五嶋さんの描き出す世界を全力で表現し、見事に描ききった。京響がこのレベルのオーケストラだからできたのだと思う(協奏曲の前の、尋常ならざる緊張感は見ている人間もピリピリと伝わってくるものがあったが、あれこそ「MIDORIの世界を描ききる」というプロのオケマンとしての矜持がにじみ出たものだったろう。チャイコフスキーさん、「もう飽きた」なんて思って本当にすみません。あなたが作った音楽はもっと奥が深かったことを、MIDORIさんに教えられました。

 最終楽章での五嶋さんとオーケストラの掛け合いも見事であった。京響も高速テンポの追い込みをものともしない。音楽的には真剣での斬り合いのようなぎりぎりのせめぎ合いがあった演奏だったが、技術的にはオーケストラは極めて安定していた。以前聴いた、五嶋みどり&バイエルン放送交響楽団とのベートーヴェンのコンチェルト。そのときのBRSOにもひけを取らない見事な伴奏を見せてくれました。

 アンコールも真剣モード、1曲目はバッハの無伴奏パルティータ第2番からサラバンド。おそらく2曲目は予定外だったと思うが、とにかく拍手が鳴り止まないのですよ。同じくバッハの無伴奏パルティータ第3番からプレリュード。その演奏の後、会場からは期せずして2000人の大きな感嘆のため息が漏れた。

  後半は、客演コンマスとして新日本フィルの豊島泰嗣さんがコンマスを務めたが、このソロがさすがだった。特にチェロの山本さんとの掛け合いは絶品。
 冒頭に書いたとおり、僕が広上&京響のシェエラザードを聴くのは、2008年の常任指揮者就任記念定期以来だったが、この8年の間にもう全く別のオーケストラです。以前から名手揃いで特に繊細で緻密な表現力が素晴らしいオケだったが、今は音の迫力・押し出しが違う。音がホールの中をうねるように、渦を巻いて聴衆を魅了する。広上さんが振ると京響は本当に自然体でもの凄い演奏をやってのける。

 広上さんの体全体を使ったタクトで、ダイナミクスはナチュラルにかつ劇的に変化し、テンポは自在に流れるように変化し、1ミリの綻びも生じない。各パートのキューも、「ここで出ろ!」という感じではなく、「さあ、この流れに乗って皆さんのタイミングで~」と軽やかに合図、それに答えて弦は芳醇で高雅な音を出し、小谷口・高山・上野(大フィルからの客演でしたね)・中野の木管の名人たちが、絶妙のタイミングで入って自信を漲らせてソロを張る。
 どんな映画や演劇よりも、音楽・・・ただ音楽だけでドラマティックな音楽絵巻物を魅せて頂いた。

 今回の演奏のハイライトは第2楽章と第4楽章だろうと思う。第2楽章のトロンボーン→トランペットで開始される中間部の動機が登場し、弦のピチカートをバックに奏でられるクラリネットのソロ(小谷口さんのソロ、やっぱり絶品だった!)。そしてインテンポでVn2部の刻みの中でチェロ・ヴィオラが動機を奏で、弦2部は強いピチカートで心臓の鼓動を会場に響かせる。木管打楽器の先導するマーチもほれぼれする音。
 映像の力を借りるが、要するにこの部分ですね(うーん、ピチカートが弱い)。
https://youtu.be/17lEx0ytE_0?t=16m45s
 あの高貴で煌びやかなサウンドは、まるで中欧の名門オーケストラが奏でるシェエラザードのような輝きと風格があった。

 京響は、京都市の直営から財団法人による運営に移行し、シネマコンサートや、X Japanのhideなど、ポピュラー音楽のスターたちと共演したりして、「さすがに北欧・アメリカでオーケストラの経営に関わってきた広上さんやなあ」と、その斬新な取り組みに関心を持って見ていたが、そういったある種の「異種格闘技」の経験が色々な事が貪欲にオーケストラに吸収されているようで、表現の選択肢の圧倒的な多彩さ、イマジネーションの豊富さがこのシェエラザードでわかりました。

 クラシック音楽館で、京響が取り上げられたときに、リハーサルでの広上さんのユーモアあふれる(しかし、抽象的な表現・・・その回は「道路工事のドリルのようにドンドンドンと勝手にリズムを刻んで入っていく感じですね~」という面白い表現をされていた)喩えに、記者が「抽象的な表現なので、人によってイメージが異なってくるのではないですか?」との質問に対して、ヴィオラの高村さんが「違っていていいんです」と答えていたのが印象に残っている。100人のオーケストラに100人のイメージがあってもいい、そして楽譜に何が書いてあるか、そしてそれをどうやって音にしていくか、それは人生を賭けて技を磨いているプロの奏者が一番よくわかっている。広上さんは各奏者の個性を損なわず、オケのメンバーの能力を信頼し、自由なイメージを一つの方向性に収斂させ、一気に音楽のエネルギーに変えて客席を巻き込んでいく。それは再現芸術というよりも創造芸術といっていいのだと思います。

 その広上さんがカーテンコールの最後に「これからも京響を支えてください、皆さんの支えが無いと京響は生きていけないんです!お願いします!」と深々と頭を下げたのが強く印象に残った。これだけ楽団の実力を高め、定期演奏会を2日開催に持ち込むまでに聴衆を集めてもなお、広上さんの頭の中には「まだまだ経営基盤は盤石じゃない」との思いがあるのだ…。アメリカで楽団の経営難と、リストラに苦悩する楽団員に直面したり、京都の隣の街では大衆が選んだ政治勢力により、『街の顔』だったオーケストラが危機に瀕している。経営再建に奔走しているのは、かつての京響の常任指揮者だ。会場では、広上さんのユーモアと取ってる節もあって笑いも起こったが、広上さんは本気なのだと思う。
 

 一点、とてもとても残念だったのは、演奏後にしばしの静寂を求めるステージ上に対して、そんな空気を切り裂くようなフライング拍手・・・。あれはあんまりだ、あそこで広上さんが腕を下ろすまで静寂に包まれたら非の打ち所のないコンサートになったのに・・・。フライング拍手をした人は猛省すべき、これは芸術破壊行為、仏像に傷を付けるようなものです。

 アンコールは武満徹の「3つの映画音楽」から「他人の顔 ワルツ」。フライング拍手にがっかりした心を癒やしてくれました。あんな目に遭わされても、舞台上から「皆さんが支えてくれないと、オーケストラは生きていけないんです、引き続きお願いします」と頭を下げたマエストロに、京響の聴衆はどう応えていくのか?私も「芸術破壊行為」だけはしないように心してまた行きたいと思います。


nice!(4)  コメント(5)  トラックバック(0) 

nice! 4

コメント 5

ぐすたふ

あのすぐに席を立つ人波は、京都百科さんに言わせると、京都の伝統だそうで・・・・歌舞伎でも、似たようなもんだそうですよ。大阪の熱い拍手を知っているものとしては、いつもなんとかならんものかと思ってますが。
by ぐすたふ (2016-09-12 20:21) 

ヒロノミンV

>ぐすたふさん
 う~ん、確かに京女の祖母が何かにつけ「ちゃっちゃとしよし!」と口癖のように言っていたのを思い出すと、「見るもの見たし、聴くものも聴いたし、ちゃんと拍手もしたし、ちゃっちゃと帰ろ」という、都人の合理主義の表れなのかも知れませんねぇ。
 広上さんが「京響は国内屈指のオーケストラになった」と言った時も、『そらそやわ』と当たり前のようにデンと座ってるのも「京都の人やな…」と思いながら見てました。大阪だったら、やんやの喝采で大盛り上がりでしょうに。
by ヒロノミンV (2016-09-12 22:10) 

げ

はじめまして。
私もこのコンサートに行ってました♪
彼女でチャイコフスキーを聴きたかったので、本当に行けて良かったです。

そうそう、あの音の余韻にのっかってくるブラボーと拍手が切ないです…
by (2016-09-21 22:13) 

ヒロノミンV

>げさん
 コメント有難うございます。
 本っ当に、みどりさんのチャイコフスキー、良かったですよね。本文中にも書きましたが、ちょっと食傷気味になっていたチャイコフスキーの協奏曲が、まったく違う新鮮味をもって聴くことが出来ました。

 フライングのブラボーと拍手…本当に音楽を聴いているのか?と、見識を疑いますね。
by ヒロノミンV (2016-09-23 23:07) 

サンフランシスコ人

今朝、久しぶりに五嶋みどりの記事が米国の電子版新聞に出ました...

http://www.broadwayworld.com/san-francisco/article/Marin-Symphony-Presents-Midori-Residency-And-Concerts-In-January-20161214
by サンフランシスコ人 (2016-12-15 02:40) 

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0