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クァルテット・ベルリン=トウキョウ 岡山公演(2日目) [コンサート感想]

クァルテット・ベルリン=トウキョウ 2015来日ツアー 岡山公演(2日目)

ハイドン/弦楽四重奏曲第34番変ロ長調
ドヴォルザーク/弦楽四重奏曲第12番ヘ長調
~Intermission~
シューベルト/弦楽四重奏曲第14番ニ短調「死と乙女」

クァテット・ベルリン=トゥキョウ

 1stVn:守屋剛志
 2ndVn:モティ・バヴロフ
 Vc:松本瑠衣子
 Va:杉田恵理

 2015年3月4日 岡山県立美術館ホール

 いや~!行ってよかった2日目公演、これ聴きに行ってなかったらすごく後悔するところでした。この日の会場は満席で、かなり前よりの席になってしまったんですが、昨日とは全然音が違って聴こえて、特にヴィオラの杉田さんの演奏の音が良く聞こえてきて、座席は色々な席を試さないといかんな~と思いました。

 私と同じように昨日・今日と聴きに行っている方が多かった(昨日のあの演奏を聴いてしまうと、もう1日聴きたいと思いますわな)と思うんですが、メンバーと聴衆の信頼関係、というと語弊があるかもしれませんが、昨日と同じ集中力とテンションで演奏しているようでも、昨日一日でも同じ空間を共有したことがベースになって、演奏者と聴衆が親密な雰囲気の中でコンサートが始まったように思います。そして今日のQBTのメンバーは何か突き抜ける物を感じる演奏を聴かせてくれました。
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(3月6日追記)

 岡山県立美術館のホールは普段は美術展関連のイベントに使われていて、たまにクラシックのコンサートも開催されます。私は1日目はホール中段よりやや後ろの中心から少し下手側。2日目は開演15分前にして満席寸前の中で選択肢が限られていため前から4列目の下手側の端の方に座りました。通常だと1日目の方が良席の部類に入るんでしょうが、2日目の方が直接音が飛んできて意外に良かった。このホール、結構天井が高くて上の方に音が拡散する一方で、上から反射する音が少ない。反響板を吊るせば室内楽ホールとしてかなりいいホールになりそうな気もしますが・・・。
 2日目の席で、何が良かったかというと、ヴィオラの音が本当によく飛んできた。ヴィオラは上手のアウト側に座っている関係で、客席に背を向けて演奏する格好になります。1日目ので席でも充分には聴こえてきてたものの、2日目の、特にドヴォルザークのアメリカをヴィオラの音がバンバン飛んでくる席で聴けたのは僥倖でした。
 教訓:『このホールでは前のかぶりつきの席が良い』

 ハイドンはとびっきりおいしい前菜でした。これで会場の空気がかなり親密になった。前日から引き続き同じ会場で演奏する良さが出ていました。第4楽章のストップ・アンド・ゴーの自在性に会場から笑顔交じりのため息が漏れていました。
 4人のテンションも1日目よりはいい意味で肩の力が抜けている感じがしました。1日目の公演で彼らの実力は岡山の聴衆に強く印象付けることが出来、2日目はもっと突っ込んだ演奏をしようと、そういう雰囲気を感じていましたが、2曲目のドヴォルザークはプレトークで守屋さんが『機関車オタクだった』話をされていましたが、まるで大陸横断鉄道を思わせるような推進力のあるエキサイティングな演奏になりました。
 ドヴォルザークがアメリカにわたって見る物聴くもの、すべてが新鮮で、どんどん自分の作風の中に貪欲に取り入れていった、そんなドヴォルザークの清新な視点を、このカルテットを通して見せてもらった気がします。
 第2楽章のボヘミア民謡調のマイナーの旋律から、黒人霊歌朝のメジャーな旋律へ、惜しげもなく投入される美しい旋律を、これほどまでに歌わせるとは。ハイトーンの守屋さんのヴァイオリンの音と、松本さんの思い入れを隠さない情熱的なチェロが本当に聴かせます。
 第3楽章から第4楽章にかけても圧巻で、会場の熱い空気と一体となった演奏。「いや~このカルテット、本当に巧いな~」と心の中で喝采を叫んでいました。今まで僕が今まで聴いてきたのは、普段はソリストをしている奏者が集まった四重奏団や、オーケストラの首席級の奏者による弦楽四重奏団のような形態の団体が多かったように思う。専業の四重奏団は2年前に聞いたカルミナ四重奏団ぐらいか?
 やっぱり専業の四重奏団は凄いんですよね。アイコンタクトが少なくても、演奏開始時によくあ「スーッ」と大きなアクションで息を合わせるという感じもない。自然体でカルテットの楽曲の世界にどこまでも深く入っていくんですね、その所作の美しさ、そして奏でられる音楽の瞬発力・自由度は即席の四重奏団にはマネできないものがある。

 彼らの実力をぐうの音が出るまで聴かされたのが、メインのシューベルトの死と乙女。プレトークで守屋さんが『シューベルトにとっての三連符は死の足音』と仰っていた。まさにそのことを音楽で表すとこうなるのか!と打ちのめされる、ホンマに何か不吉なものが追いかけてきそうな鬼気迫る3連符の音が耳に焼き付きます。
 この曲、この上なくシリアスな雰囲気の中で、時折雲間から光が差すような救いのような音楽が聴こえて来る。そのコントラストが鮮やかだったですね。第2楽章の悲しくも、どこまでも安らかな音楽にはジーンと来ました。45分からなる大曲ですが、第3~4楽章はその長さを全く感じさせない疾走感のある演奏。実際の演奏時間も40分強ぐらいじゃないだろうか?『死』というものとこれほど正面から向き合った曲は、マーラーの9番とこの曲ぐらいじゃないか?そんなことを考えながら聴いていました。第4楽章の後半は、フィナーレを迎えそうで迎えない、このまま狂ったようなダンスが延々と続くんじゃないだろうか?それはそれで恐ろしい。それはシューベルトの千々に乱れる心のうちを表しているようで、ちょっと異様な雰囲気で終わる曲だということを初めて認識しました。

 演奏後は割れんばかりの拍手でブラボーもかなり飛んでましたね。でもQBTの4人は完全にシューベルトの死生観の世界に入り込んでいて、笑顔じゃなく鬼のような形相をしていました。いったん舞台そでに引き上げた後は充実した笑顔。その表情を見ると、完全に燃えきった・出しきった演奏だったことがわかります。

 アンコールで演奏されたのが日本の民謡・童謡の中に、2ndVnのモティ・パブロフさんのルーツであるユダヤの民謡を交えたもの。リラックスした空気の中で演奏されたこのアンコールも心に沁みた。会場には涙ぐむ人も居ました。
 昨日の最初の曲が迫害の末殺され、歴史からも抹殺されかけたユダヤ人作曲家シュルホフによる、世界の多様性を礼賛するような曲。最後のアンコールは日本とユダヤの架け橋のような曲。プログラムの配置も見事でしたね。

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