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長岡京室内アンサンブル in OKAYAMA [コンサート感想]

ルネスクラシックシリーズⅩⅣ  作陽シリーズコンサートⅡ
長岡京室内アンサンブル in OKAYAMA

モーツァルト/セレナード第6番ニ長調「セレナータ・ノットゥルノ」
  〃   /弦楽四重奏曲第1番ト長調「ローディ」
~休憩~
新垣隆/セレナーデ
バルトーク/弦楽オーケストラのためのディベルティメント

2015年2月13日 ルネスホール

2015-01-17 17.55.35.jpg
※写真は以前の使いまわしです

 まず、初めに書いておきます。この2月にして早くも、「これは今年のベスト・コンサートになるんじゃないか!?」と思いました。

 この長岡京室内アンサンブルのコンサート、明日は本拠地長岡京での演奏会ですが、関西の方で明日、予定が空いている方。絶対行かれた方がいいと思います。それぐらい、充実したコンサートでした!!

 まず、会場に入ってビックリ。ルネスホールのど真ん中にステージが組まれていて、ここまではまあ、室内楽用ホールにはクワイヤ席のあるホールもあるから、まだわかるんですが、プルトの位置が明らかにおかしいんですね。何の法則性もなくバラバラに置かれています。
 とにかく配置が奇抜、奏者が入場してくるとそれがハッキリしました。ステージの中にヴァイオリン・ヴィオラ・チェロがバラバラに立っている。コーナーにコントラバスとティンパニ。奏者が入場してくると、それぞれがバラバラな方向に向いて立っている状態で演奏がはじまろうとする。

 はじめは今回のプログラムに新垣隆さんの委嘱作品が入っているので、1曲目にそれを持ってきたのかな?と思ったのですが、1曲目はモーツァルトのセレナータ・ノットゥルノだし、この配置でどう演奏すんねん!?と思いました。
 一方で黒で統一された衣裳を身に纏っていて、そこに四方からスポットライトが当たる。現代美術のオブジェのようでもあり、正直これは「かっこいいなあ!」と。

 演奏が始まってみると、あの長岡京室内の自由闊達で伸びやかなサウンドが聴こえて来る。それにしてもこの配置で(ところどころ背中合わせのように立っている奏者も居るのに)どうやって意思疎通を図っているのだろうか?
 はじめはそんなことを考えながら聴いていましたが、だんだんと見た目の奇抜な配置とは別に、音楽そのものの素晴らしさに耳を奪われていきました。
 高木和弘さんがコンサートマスター的な役割をしてリードするんですが、オーケストラのプルトのような厳格な上下関係が無いんですね。フラットで自由で、それが音楽にも反映されていて、アンサンブル全体が生き物のようにホールの空間を満たしていくんですね。

 2曲目のモーツァルトの弦楽四重奏第1番「ローディ」の弦楽合奏版を聴いていて、謎が解けました。この配置、どうやら弦楽四重奏や三重奏のようなユニットを分散して配置しているんです。編曲が絶妙で、全体で合奏する部分と、数ユニットに配置された室内楽ユニットに演奏が受け渡されていく部分がうまく融合して、モーツァルトの豊かな旋律と遊び心が客席にいる一人一人の心に届いてくる。そうそう、とにかく舞台に近いんですよ。視覚的には舞台をぐるっと客席が取り囲んでいるんですが、聴いていると、自分の周りに奏者の皆さんが集まって来て、自分のために弾いてくれているような、そんな錯覚を覚えたくらい。

 後半の1曲目は新垣隆さんへの委嘱作品「セレナーデ」。丁度1年ほど前に「ある問題を引き起こし、もう作曲家としての活動は難しいと思っていた時に、長岡京室内アンサンブルから委嘱された作品」だそうです。
 チェロの金子鈴太郎さんとは大学の先輩後輩の仲で、金子さんから依頼された時は本当に有り難かったと、深い感謝の念をもって作曲されたようです。しかし、このお二人のトークが本当に面白いのなんの・・・、新垣さん本人は朴訥として「ほんまにこんな風にボソボソ話しはるんやなあ・・・」と思っていましたが、金子さんのトークがその新垣さんのキャラをうまく引き出してはりました。内容についてはその会場の空気があってこそのあの内容でもあるので、書くのは控えておきます。

 舞台の配置は前半の延長でパートではなくユニットを基本としていますが、3本のチェロが中心に位置して、作曲者自らの指揮で、そこに向かって演奏されました。曲は、新垣さんらしい実験音楽のようなゲンダイオンガク的な流れの中に、時折、調性音楽の時代の旋律(マーラーやツェムリンスキーが作りそうな断片が聴こえてきた、と思ったら、日本の童謡・・・あれ何やったかなあ・・・がハッキリと1フレーズごと聴こえてきたり・・・)の断片が散りばめられていて、その二つの世界が融合しそうで融合しないまま、静かに終わっていく。そんな内容。
 うがった見方をすれば、ロマン派的な曲を作曲するという営みは、最先端のゲンダイオンガクに挑戦し続ける新垣さんにとっては、単なる手慰みだった、という新垣さんの心情吐露という気もしないでもない。勝手な憶測ですが・・・

 最後のバルトークの弦楽のためのディベルティメントになると、アンサンブのギアがまた一段上がった演奏になりました。もう言葉にならない緻密でどこまでも音楽的で、自由な演奏。これは国内随一のレベルの室内アンサンブルであると同時に、世界でも有数の演奏でしょう。凄かった!とにかくすごかった!それ以外の言葉が見つかりません!
 前半のモーツァルトのフワットした輝かしいサウンドとは違う、エッジの効いたマッシヴなサウンドから、このオーケストラの表現の引き出しの豊富さを改めて堪能。

 最後に振り返ると、奇抜に見えた配置もこれは意外に理にかなった配置だったと思います。しかしそれを支えているのは、奏者の驚きべき能力の高さ。まわりの音楽に呼吸を合わせる鋭いセンスとそれを支える技術。それに事前の準備。楽曲に対する解釈が一致していないと出来ない配置だし、恐らく曲を仕上げていく段階でメンバー同士が自由闊達にディスカッションしながら音楽を作り上げていったのだろうなあ・・・。そんなことが配置から、演奏からビンビン伝わってきました。これは室内楽の究極の形、理想が具現化した形だと思います。

 メンバーも半分ぐらいは若手の奏者、中には20代前半ぐらいの方もいらっしゃいますが、いやはやこの年齢でこのハイレベルな合奏団で堂々たる演奏を見せるというのは、改めて日本の弦楽器奏者の実力を思い知ると同時に、将来が本当に楽しみですね。

 アンコールは1曲目は聞き漏らしましたが、「K60」という言葉を聴いた気がするのでヴァイオリン・ソナタの編曲版だったでしょうか。2曲目がヴィヴァルディの「春」のスペイン風と言ったらいいのか?これが華やかで生き生きとして、最高に楽しい曲でした!最後に「カヴァレリア・ルスティカーナ」のしっとりとねっとりと、何とも色気のある美しい音色である事か。こういう演奏もあるんですね~。チェロの金子さんはi-PADの楽譜を見ながらの演奏でした。

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バルビ

 こんにちは。長岡京室内アンサンブル、素晴らしいですね。生演奏に接せられたのは羨ましいです。群馬の方にも来ないかな?
 というのも、最近、たまたまユーチューブで当アンサンブルによるバルトーク・ディベルティメントを聴き、その滑らかで艶のある音色に痺れたからです。CDが出ているようなので、購入しようかな。
 指揮者を置かない室内楽団で、これほどの緻密な、そして艶っぽい音楽をやる楽団は、珍しいのではないでしょうか。
 素晴らしい!
by バルビ (2015-02-14 09:51) 

ヒロノミンV

>バルビさん
 長岡京室内アンサンブル、今回で3回目の生演奏でしたがホールのサイズが小さく、まさに目の前で演奏している感じで堪能しました。指揮者が居ないからこそ出来る、といってしまうと指揮者の立つ瀬がありませんが、本当にしなやかで緻密なアンサンブルに会場のあちこちから驚嘆が漏れていました。
 バルトークも、ギアが一段上がって、言葉では言い表せない凄い演奏でした。また、後日更新しますね。
by ヒロノミンV (2015-02-14 23:06) 

ギバギバ

長岡京のアンコールのモーツァルトの曲は、k.63「カッサシオン」のはずです。
記憶は確かではありませんが3楽章です。

by ギバギバ (2015-07-18 19:05) 

ヒロノミンV

>ギバギバさん
 ご指摘、ありがとうございました。家に帰ってからK60を聴いても、いまいちしっくりこなかったので、これで謎が解けました。
by ヒロノミンV (2015-07-20 21:16) 

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