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岡山フィル第79回定期演奏会 指揮:秋山和慶 Vn:戸澤采紀 [コンサート感想]

岡山フィルハーモニック管弦楽団第79回定期演奏会

~春にロマンを巡る~


ベートーヴェン/「コリオラン」序曲
ブラームス/ヴァイオリン協奏曲

〜 休 憩 〜

ブラームス/交響曲第4番


指揮:秋山和慶
ヴァイオリン独奏:戸澤采紀
コンサートマスター:藤原浜雄


2024年3月9日 岡山シンフォニーホール


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・公私ともに多忙を極めており、書きかけた感想が塩漬けになりそうなので、書けてる部分だけアップします。


・秋山ミュージックアドバイザー(以下MA)登場回、前回の10月のシベリウスは私の岡山フィル演奏体験のベスト3に入る永く記憶に残る名演奏になった。今回はドイツ2Bの名曲プログラムを披露。


・今回も秋山MA体制が2年目にして収穫期に入っていることを強く実感させる演奏だった。秋山さんの指揮は、奇抜な解釈も何かを「足す」こともないのに、淡々とならず、むしろ音楽が凝縮し、耳に慣れた名曲がとても新鮮に心に染み込んで来る。惜しむらくは集客が今一歩であったころ。客席の7割ぐらいの入だろうか。シェレンベルガーが登場した1月は満席だった事を考えると、その点が残念だった。


・編成は前後半とも1stVn12→2ndVn10→Vc8→Va8、上手奥にCb6の12型2管編成。昨年10月に実施されたホルン、トロンボーン、ファゴットの首席奏者オーディションの合格者の試用期間に入るかと思われたが、ホルンは阿部麿さん、トロンボーンは風早宏隆さん(関フィルの名物奏者は現在は都響の所属なんですね)、ファゴットは鈴木一志さん(日本フィル)という一流プレイヤーによる客演首席だった。


ベートーヴェン/コリオラン序曲

・真正面からベートーヴェンに向き合った重厚な音。今日もチェロ・コントラバスのつむじ風を起こすような濃厚音に、ヴァイオリン・ヴィオラが一体となってサウンドを作り上げる。いやあ、一曲目からお見事!

ブラームス/ヴァイオリン協奏曲

・何と言っても戸澤さん、年齢を逆算すると23歳?
 アンビリーバボー!!
 マーヴェラス!!
 驚嘆の連続だった。
 岡山は母の故郷という縁で、彼女が中学生の頃からリサイタルを開いてきたので、私も聴く機会があった。その天才少女は気鋭の若手プロ・ヴァイオリニストになって、いよいよブラームスに「挑戦」するのか?と思いきや、この大曲を手球にとらんばかりの堂々たる演奏に震える思いだった。パガニーニやチャイコフスキーとは違い、派手な超絶技巧の見せ場は少ないが、素人の私にもこの曲の難易度の高さは解る。音程、音色、音価、リズム、技巧、全てが完璧で見事に調和し、艷やかで爽快な演奏で説得力を持って聴き手を魅了した。


・壮年の巨匠も真っ青の重厚な演奏を聴かせた戸澤さんだが、時折、ポジティブな意味で「若さ」を感じさせる部分もあった。
 私は、この曲のこの部分がめちゃくちゃ好きなのだが、この部分の演奏でよく取られる表現として「諦観」がある。老いさらばえた者が昔を思い出すような‥「諦観」。しかし戸澤さんの表現は、光彩に包まれた未来を見るような音だった。まさに若さならではの演奏。


・オケも熱演を繰り広げ、オケがどれだけ鳴っても埋もれることのない戸澤さんのヴァイオリンとともにシンフォニックで重厚な世界をつくり上げた。戸澤さんは弾き急ぐ事なく、この名曲を味わい尽くすような慈しみと余裕があり、そこに付ける岡フィルの、特に弱音の美しさは特筆に値するものだった。

・第2楽章のob首席:工藤さんのソロも見事。協奏曲終了後の休憩時に管楽器仲間のみならず、Cb谷口さんまで称え労う雰囲気にニヤリとしてしまう。オーボエに絡むファゴット客演の鈴木さんのソロも濃厚な歌いまわしで素晴らしかったなぁ。

・アンコールはバッハ/無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番から「サラバンド」。これもブラームスと同様、どっしりと構えて急がず騒がず、なのに推進力のある好演だった。


ブラームス/交響曲第4番

・感想の前に、この曲の作曲時期を整理する。1884年から作曲に着手し、1885年初演。ちなみに前プロのヴァイオリン協奏曲は1879年初演。その頃のドイツは普墺戦争、普仏戦争に大勝利し、1871年に敗戦国フランスのベルサイユ宮殿でウィルヘルム1世が即位して、神聖ローマ帝国以来の領邦国家から統一国家の時代に入った。軍事力だけでなく工業生産や科学技術(ノーベル賞受賞者を連続して輩出)もヨーロッパ随一の存在となり、音楽芸術でも、ワーグナーのニーベルングの指輪の全曲初演が1878年、1876年にはバイロイト祝祭大劇場の設立など世界を牽引していた、ドイツ人は自信に満ち溢れ、社会も活気に溢れ、一種の躁状態の時代と言える。

・そんな時期に発表された、このブラームスの第4交響曲の評価は(現代から見れば信じられないことだが)、賛否二分されたようだ。特に革新的な音楽を志向する勢力からは酷評を受けていた。理由は、第2楽章のフリギア旋法や、第4楽章のシャコンヌなど、古典回帰を鮮明にしていたこと。19世紀前半には英仏から周回遅れだった近代化を急速に成し遂げ、自信と活気に満ち溢れていたドイツの人々が、中世の教会を連想させるような旋法や、領邦国家として低迷していた時代を連想させるような形式の音楽を聴いて、どう感じたか?そういう視点で見ると興味深い。

・私自身、25歳ぐらいまで4番はブラームスの交響曲の中で、一番地味で渋い曲だと思っていた。印象が一変したのはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団(ブロムシュテット指揮)の生演奏がきっかけ、ボウボウと烈火の炎を上げて燃え盛るような演奏に、この曲が持つエネルギーの大きさを思い知った。

(続きは後日更新します)


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