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オーケストラが拓く創造都市(その1:『漏れバケツ理論』について) [オーケストラ研究]

 コロナ禍の影響で、国内経済も大打撃を受ける中、地方の実体経済への影響も徐々に深刻化している。そして国内諸都市のオーケストラの経営にも、イベント中止やチケットの売上激減、企業協賛や個人賛助会員の現象などの形でかなりの影響が出ると思われる。
 2年前に、国内のオーケストラの経営状況を自分なりに分析し、岡山フィルの将来について考察する連載をエントリーしていた。その後、放置状態になっていたが、最近確認してみるとユニークアクセスが軒並み1000PVを超えるアクセス数を記録していたことに驚き、再び書く意欲に火がついた。そして、コロナ禍と2022年に開館予定の「芸術想像劇場(新市民会館)」の開館など、大きな転換点を迎えようとしている岡山フィルの未来について考えてみたい。
 ※前回までの記事へのリンク
国内オーケストラ業界と岡山フィル発展への研究(その4:安定財源を失った先にあるもの)
 上記の過去記事の(その4)で、オーケストラはコスト削減の余地が極めて小さい興業である一方で、寄付的財源(売り上げとは関係のない、履行義務や債務の生じない財源)=民間スポンサーや公的補助、の大きさで、事業展開が可能な規模が、ほぼ決まってしまう。計算式で表すと
 演奏収入 + 寄付的財源 = 楽団人件費 + その他諸経費
 となり、演奏収入には限界値があり、その他諸経費を極限まで効率的に執行したとすると、楽団人件費は寄付的財源(民間スポンサーの寄付額や公的補助金)の規模に依存する。こういう財務体質となる宿命を負っている。
 このような事を書いた。
 岡山フィルが最終目標とする「楽団の常設化」と、岡山の人々の誇りになるようなオーケストラに成長するためには「寄付的財源」をいかに確保し、安定させるか、これに尽きる言っていい。
 しかし、オーケストラ経営にとって寄付的財源の安定化は洋の東西・規模の大小を問わず、常に難題として立ちはだかってきた。行政にしろ民間企業・個人にしろ、支援を依頼するためには理論的な裏付けと説得力が欠かせない。その説得力ある理論の有力候補として、2つのキーワードに注目したい。
 それは『漏れバケツ』理論と『文化芸術の生態系』だ。
 
 『漏れバケツ理論』は近年、地方経済の活性化のキーワードとして脚光を浴びている。理論といってもそれほど難しい概念は必要ない。例えば国からの補助金や観光客誘致、特産品の販路拡大など、地方は「外貨」を稼ぐために心血を注いできた。しかし地域はいっこうに豊かにならない。それはなぜか?
 その原因をわかりやすく可視化するモデルが『漏れバケツ理論』である。せっかく稼いだお金が、穴の開いたバケツから水が漏れるように、あっという間に出ていく。その穴の所在を明らかにし、バケツに空いた穴をふさぎ、地域内でいかに循環させていくかという視点で地域経済を考えようとする取り組みだ。
 元々イギリスのロンドンに本部のあるニュー・エコノミクス・ファンデーションという団体が提唱した考え方で、一見、簡単で当たり前のように見えるが、突き詰めていくとけっこう奥が深い。
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 漏れバケツ理論は『地元経済を創りなおすー分析・診断・対策』(枝廣淳子/岩波新書)に詳しい。
 この本で挙げられた、バケツから漏れる水・・・そんな事例は岡山もたくさんあることに気づく。
◯岡山市内でイベントが開催された。外から人がやってきて一時的に地域にお金は落ちており、一定の経済波及効果はあるが、そのイベント自体のマネジメント・オペレーションは東京の事業者が仕切っていて、利潤の大部分は東京に持っていかれている。
◯市内中心部に西日本最大級のショッピングモールが出来、これまで神戸や大阪まで行かないと買えなかったものが岡山でも買えるとあって、モールは大賑わい。モールの周辺地域や駅からの導線上もたいへんな賑わいで地域が潤っているように見えるが、モール内に出店している店舗の多くが東京や関西に本部があり、最終的な利益の大部分が地域外に流出。
◯ダムの建設にあたり、国から莫大な補助金が支給され、誘致に貢献した政治家も胸を張った。しかし発注したのは東京や大阪に本社のある大手ゼネコン数社のJV。地元の建設業者は下請け・孫受けで仕事にはありつけたが、利益の大部分は地域外へ流出。
 これまでは「いかに地域にお金を持ってくるか」ばかりに目が行き、「いかに地域から出ていくお金を減らすか」はあまり考えられていなかった。実際に漏れバケツの穴を塞ぐ政策を実施している自治体の実例を見ると、地域内に入ってきたお金がどういう動きをしているのか、都道府県レベルではデータがあるが、市町村レベルではデータが無く、そもそも詳細な分析が出来るだけのデータの掘り出し作業から始めなければならなかったようだ。
 もちろん、この『漏れバケツ理論』は、自給自足や孤立主義を推奨しているわけではない。地域経済活性化のためには、地域間の経済的交流は必要不可欠なのは大前提としてある。しかし、これまで地域活性化としてやってきたことが、資本の流れをじっくり見ていくと、実は内へ資本を呼び込むどころか外へ流出する結果に終わっていることが多いのではないか?
 そうしたことを検証するために、象徴的な『漏れバケツ』という言葉で住民みんなで検証していこうというのが本来の趣旨。
 例えば、最近はブームが収まったものの、「ゆるキャラ」によるプロモーションがある。初めは自治体の担当者や住民有志が地元愛や地域外へのPRのアイコンとして開発したキャラクターが、「ひこにゃん」や「くまモン」のヒットを契機に、全国の多くの自治体がこぞってアピールするようになり、近年では大手広告代理店からの企画提案に乗る形で、何千万円もの予算を注ぎ込んでPR合戦に参戦する自治体も多いと聞く。しかしこれでは地域にお金が落ちるどころか、東京の広告代理店が儲かるばかり。
 他にも「魅力度ランキング」のように、都市や都道府県のイメージランキングの順位を上げようと、様々なPR政策を展開。しかしこれも大手メディアの広告枠とノウハウを独占する大手の広告代理店に頼るケースが多く、その報酬がどんど東京へ流出している。
 しかし、そもそもこの「魅力度ランキング」自体が、某大手出版社の影響下にあり、そこの上得意様に大手広告代理店がある。言葉は悪いが実態はマッチポンプといってもいいのではないか。魅力度ランキング自体、上位に入っている神戸市や函館市は、実は全国の中で最も人口減少問題が深刻である、というのがこうしたランキングの限界をよく表している。
 このように、地元に資本を呼び込むために行った事業が大規模化すると、企画・設計・マーケティングという高度な知識労働部分を東京が担わざるを得ず、岡山では、その手足となって動く部分のみを請け負っているため、構造的に岡山の外へお金が流出してしまう。政府が「地方創生」を標榜し資金を地方に投入しても、一瞬で東京へ舞い戻ってしまっていては政策目的が達成されているとはいい難く、最終的には社会全体でそのツケを負うことになってしまう。
 とはいえ、量的データで見ると最終的には東京に富(人材・資金)の大部分が集中する構造はおいそれとは変えることは出来ず、地域内に循環する資本の質の部分に着目し、「漏れバケツの穴」を塞いでいく作業を続けることで、少しづつ地域に潤いを戻していく、そんな地道な作業になってくる。
 この『漏れバケツ理論』が岡山においてどれだけ浸透しているのかは不明だが、「外からお金や人を呼び込むだけでは地域は潤わない」というのは、地元行政や経済界もよく分かっていて、岡山市の昨今の政策展開は「漏れバケツ理論」という視点から見てみると一本筋が通っているように思う。
 例えば、郊外の大型ショッピングモールの出店を抑制し、中心市街地の活性化策を模索しようとしているのも、『漏れバケツ』を意識した政策といえる。
 京都大学の藤井聡教授が京都市で行った調査によれば、1万円の買い物をする場合、地元商店街での買い物は5300円が地域に戻って来る一方で、全国チェーンのショッピングモールの場合はわずか2000円しか戻ってきていないそうだ。
 そして岡山フィルへの支援策の強化も、この『漏れバケツ理論』にある(やっと、このブログのテーマに戻ってきました!!)。
 
 次回以降は、地方都市が目指す理想像:『創造都市』について掘り下げてみようと思う

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