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クラシックソムリエ検定 [クラシック雑感]

 クラシックソムリエ検定。初めて岡山で開催されるそうですね。(かなり限られた)自分の周りでも少し話題になっています。

 岡山では「エントリークラス」と「シルバークラス」が受験できるそうです。以前、問題を解いてみたことがあるのですが、エントリークラスは対策なしで合格できそうでしたが、シルバークラスはなかなか難しい。オペラのストーリーが分かっていないと解けない問題とか、ショパン、リストなど、自分から進んでは聴かない作曲家のエピソードとかになると全然・・・。

 自分の狭い世界から、少し視野を広く取るにはいい機会かも?と思ったんですが、試験日のある11月8日(日)は仕事の行事があるので受けられないことが判明・・・

 受験者が少ないと、岡山ではもう開催されないかも知れないので、ご興味のある方は受けてみられては?

 なお、11月8日は、このイベントも開催されます。市内の交通は麻痺するのは必至!!ですのでご注意を。私も仕事で大迷惑を被るクチなので、対策に今から頭を抱えています。


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コンサートの『場』 [クラシック雑感]

 先日聴いた、長岡京室内アンサンブルの舞台配置について、何度も「奇抜な」と繰り返してしまいましたが、「百聞は一見に如かず」ということで、チェリストの金子鈴太郎さんのブログにリハーサルの写真が載っていましたので、自分への覚え書きの意味でもリンクを貼らせて頂きます。

http://ameblo.jp/rintaro-kaneko/



 あと、改めてルネスホールという空間はいい『場』になっているなぁ、と思います。なんというか・・・観客が一観客としてふんぞりかえって聴くことを許さないというか、平たく言えばライブハウスの雰囲気なんですよね。

 作曲家の新垣さんがプログラムにこんなことを書かれていました

「弦楽器という謎に満ちた楽器に潜む多様な音の可能性(もちろんそこにはそれを生み出す奏者の、長い厳しい修練の歴史が刻まれている)、そしてその集合体といった、私にとっては目が眩み途方に暮れるほどの媒体を目の前にして・・・・」

 岡山シンフォニーホールもいいホールですが、どうしても観客は「お客さん」の位置から抜け得ないんですよね。①舞台に立つ奏者がどれほどの訓練を積んで、そこに立っているのか?②星の数ほどもある楽曲の中から、奇跡的に(まさに霊的な力を纏って)生き残ったその楽曲を演奏する、というクラシック音楽のまさに醍醐味までもマイルドにしてしまう。
 ルネスホールぐらいの空間だと、その2つの事実のグロテスクさがバチンと自分のほっぺたをひっぱたくような感じがあるんですよ。この感覚は、最近まで全くクラシックに触れてこなかった僕の相方も感じていることなんで、多くの方と共有できる感覚だと思う。大原美術館のギャラリーもそういう「場」の力がありますね。

 オーケストラの規模のホールでいうと、もしかすると岡山シンフォニーホールよりも倉敷市民会館の方がその「場」の力が強いかもしれない。あくまで僕の感覚ですが。

 そうなると、岡山フィルが今、プレゼンスを上昇させているのは、シェレンベルガーという「場」の力を創る力が強い人が率いているからだ、と言える。
 それは僕の勝手な印象ではなく、実際に奏者のポテンシャルを引き出しているのは間違いのない事実であるし、「ベートーヴェンの音楽とは何か」「ブラームスの音楽とは何か」ということをこれほど岡山フィルのコンサートで体現した音楽家は居なかった(語弊を覚悟でいうなら、シェレンベルガーという人の体に染みついたものを発揮するだけで、それが叶うような圧倒的な力)から。

 客席で「他人事のような顔をして聴いている聴衆」に対して、舞台上のパフォーマーの力と、楽曲そのものの霊的ともいえる生命力でもって、そのほっぺたをひっぱたくということ。すなわち岡山の人々の心に岡山フィルの音楽という存在を植えつける。そのためには、岡山シンフォニーホールという整えられた近代装置の心理的な大改造が必要じゃないでしょうか。

 シンフォニービルは間違いなく岡山の旧市街のランドマークになっているけれども、あの長いエスカレーターを登って、3回の入り口をくぐってまたエスカレーターに昇って、という空間は、どうしてもなじみのない人にとってはとてつもなく敷居を挙げている。
 中に入れることに成功したとしても、整然とした座席と理想的な音響に鳴り響く綺麗な音を聴いていると、高尚な癒しの空間。でも日常ではないよね、という感じになってしまいそう。

 すんません。頭の中で思いつくまま書きましたので、支離滅裂な文章になっています。また、これについては後日に書きたいな?と思います。


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牛窓シーサイドホールの閉館 [クラシック雑感]

 牛窓の豪商だった東服部家の米蔵を改造して2011年にオープンした牛窓シーサイドホールが、11月1日をもって閉館したというニュースに接しました。

 土足ではなく靴を脱いで上がるというスタイルや、見事な柱と梁の建物に床にも木材をふんだんに使ったホールは、非常に居心地がよく(満席の際は補助席・・・ではなく、座布団が出て席を増設する、というのも印象的でした)、音の響きについても特にヴァイオリンが素晴らしい伸びのある音を響かせていて、本当にいいホールが出来たなあ、と思っていた矢先でした。

 地元出身の2人のピアニストを中心に、岡山の様々なプロの演奏家が登場したマンスリーコンサートなどの意欲的な企画が光っていたし、ここで演奏した舘野泉さんが「牛窓で音楽祭を」との提言などもあって、まさか閉館に追い込まれるまで経営的に厳しい状態だったとは思いませんでした。

 今更悔やんでも仕方ないんですが、私が足を運んだのはたった2度ということで、偉そうなことは言えませんが・・・

 こういう民間のホールは、地方ではほとんど成功例がありません。それを思えば、3年余りでの閉館は早すぎるとはいえ覚悟すべき結果だったかもしれません。しかし、もう少し前の段階で音楽マネジメントの専門家に入ってもらって、文化庁の予算を引っ張って来るとか、地元の瀬戸内市が支援したりできなかったものなのか?と思ったりもします。地元の瀬戸内市も、この全国的に見ても本当に街の歴史や景観に見事にマッチし、音響的にも優れる貴重なホールという『宝石』に気づかなかったんでしょうか?「セットちゃん」なんていうゆるキャラにお金と人的リソースを投入している場合ではないですよ。ホントに。

 隣県の兵庫・島根・広島などに比べると(わが地元岡山市を含めて)、県庁を筆頭に文化振興に対する考え方が10年以上(兵庫に比べると20年以上は)遅れていて、本当に支援が薄い。それでいて、国体や国民文化祭、ゆるキャラやB級グルメ、その上都市型マラソンまで開催する、よそでもやっている似たようなイベントにばかりお金と労力を掛けるのは、もういいかげん辟易します。

 更新されなくなったホールのホームページには、まだホール紹介の文章が残っています。

『クラッシックやジャズなど幅広い音楽を通して歴史とロマンにあふれた牛窓を世界に発信したいというのがホールの夢です。』

 こういったホールが維持できないという脆弱な文化的な土壌であるというのが本当に残念です。
 

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大阪版「マエストロ、それはムリですよ」になるのか!? [クラシック雑感]

 大阪府立のオケから民営オケとして経営再建と自立の道を目指している日本センチュリ交響楽団の来季プログラムが発表されましたが・・・

 なかなかぶっ飛んでます。曲目的にはしごくオーソドックスなんですが

 なんと年8回のザ・シンフォニーホールでの定期を2日連続公演に!
 

 まさに各方面から「マエストロ、それは無理ですよ!」との声が殺到しているであろう、この一見無謀な方針。果たしてマエストロ飯森に勝算はあるのでしょうか?

 実はこれには色々仕掛けがあるらしく、まず金曜日公演のチケットを買った人には、土曜日公演のチケットが半額になる「おか割」という制度を作ったり、京響がやって大成功を収めた、いわゆる後半券の「あと割」というのも作っている。
 定期会員にも特典があって、基本、従来の定期会員は金曜日公演の会員に割り当てるらしいですが、土曜日に振り替える場合は、もう一人の会員分のチケットがついてくるらしい・・・

 ご丁寧に、金曜日と土曜日のプログラムを微妙に変えてあったり・・・

 プログラム的には全く無理をしていないですね。必ず1曲はメジャーな曲が入っている。もしシンフォニー2日公演じゃなかったら、保守的、と映ったかもしれない。

 私個人的には、これまでは木曜日固定公演だったので、センチュリーの定期演奏会にはなかなかいけませんでした。金・土両日公演だと他県民には足を運べるチャンスが格段に広がります。フェスが本拠地の大フィルや、京響とからめてコンサート鑑賞旅行なんてのも日程が組みやすいし、大歓迎です。

 でも、この定期2日体制は1年目が勝負でしょうね。単純に集客を2倍、と言っても6つのオケがひしめく京阪神のマーケットの中では、新しいファンを獲得するしか動員を増やす方法は無い。おそらくこれだけじゃなくて、二の手三の手を打って来るんでしょう。

 それからいずみホール定期は、「ハイドン・マラソン」なんですね。僕はハイドン好きですけど、関西ではあまり客が入らないと言われるハイドンをこれほどまでに推して大丈夫だろうか。
 しかし1人の作曲家を徹底的に追うというのは山響でも成功させた手法。これが成功して「関西でハイドンやらせたら、やっぱりセンチュリーやな」という評価が固まれば、50人サイズの楽団に合った強力なセールスポイントが出来るわけで、よく考えられていると思います。

 四季コンサートはセンチュリーならではの小編成の名曲をリーズナブルな価格で、というコンセプトだったのだと思いますが、他のコンサートとどう差別化されているのか?イマイチよく解らなかった。今後は京響がやっているオーケストラ・ディスカバリーや、関西フィルのmeet the classicのように、入門編・クロスオーバー系企画としての方向性を打ち出すのかな?と。

 地方特別演奏会も整理して、大阪でどっしりと腰を据えていくんですね。こういう方向で行くなら「大阪」センチュリーのままの方がよかったんちゃうか?と思いますが、大阪でのコンサートが日程的に聴きに行きやすくなれば、企画次第で大阪に人が集まって来るでしょう。今後のマエストロの「それは無理ですよ」な企画に期待します。

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プロオケ32楽団、聴衆400万…欧州も凌駕する“ジャパン・パワー” [クラシック雑感]

 韓国の新聞社の記事です。興味深かったので転載。

プロオケ32楽団、聴衆400万…欧州も凌駕する“ジャパン・パワー”
2014年05月23日15時21分  中央日報日本語版

 日本は世界古典音楽界の強者に挙げられる。クラシックビジネス専門家の間で、東京のマーケットは最大の管弦楽市場だ。最高水準を誇る世界的な交響楽団や演奏者たちが日本の舞台に進出しようと心を砕いている。主にソウルだと1~2回の演奏会しか開催しない韓国舞台に比べ、8~10都市の巡回演奏会が保証されている日本が、アジアのクラシック市場を制覇しているのは当然のことだ。最近では中国がその後を追っているが、まだ日本には及ばないという評価だ。それだけ日本は舞台・客席ともに長きにわたる歴史とともに厚い人的構成を誇っているということだ。ロンドン・ベルリン・パリとは違う独特さを持ち、クラシック・ミュージックの本場である欧州の水準を超えている。

  日本は特にオーケストラ分野が強い。日本オーケストラ連盟に所属しているプロオーケストラは32楽団にのぼる。これら楽団の音楽を聞きに年間400万人の聴衆がコンサートホールを訪れる。400万人という数字は、海外オーケストラ公演は除外した純粋な自国交響楽団演奏会における観客数だ。アマチュア同好会オーケストラや吹奏楽団も全国に3000団体を越える。楽器を買って定期的に練習する人々は20万人だ。楽器市場に資金がよく巡り、音盤売り場が健在な背景だ。自国オーケストラを愛する管弦楽ファンが日本クラシックの底力というわけだ。

  日本オーケストラの強みとして、専門家はスター指揮者の招聘、感覚的なプログラム構成、専用ホールの運営など3要素を挙げる。2007年、日本オーケストラ連盟でインターンとして所属し、日本交響楽団と東京音楽市場を研究したハン・ジョンホ氏は「NHK交響楽団と新日本フィルハーモニー交響楽団など7大プロ交響楽団は、著名な外国人指揮者を招いて自国の指揮者と競い合わせながら演奏力を向上させた」と分析した。

  6月1日午後8時、ソウル芸術の殿堂コンサートホールで8年ぶりに来韓公演するNHK交響楽団の場合、シャルル・デュトワ、ウラディーミル・アシュケナージ、アンドレ・プレヴィンら全盛期に国際的な名声を得た指揮者を音楽監督や客員指揮者として招いて短期間に大きな発展を成し遂げた。彼らを前に出しつつ、外山雄三や尾高忠明のような自国の指揮者を共同常任指揮者に指名し、一緒に成長させていく体制を整えた。ヘルベルト・フォン・カラヤンをはじめ、ピエール・ブーレーズ、マクシム・ショスタコーヴィチのような巨匠指揮者がしばしばNHKを訓練したのも力となった。         
 

 もうひとつ、辺境交響楽団で世界トップを目指そうとする果敢なチャンレンジ精神も一役買っている。今回のソウル公演でも披露されるマーラー交響曲第4番は、1930年NHK交響楽団が世界で初めて録音し、今でも驚きがあると評価される。最近でこそマーラー交響曲が人気演奏曲目となっているが、80年余り前はマーラーは聞きなれない非主流の作曲家だった。西洋音楽を積極的に受け入れようとする姿勢が、果敢な冒険につながり記録が残ることになった。

  NHK交響楽団と比べて若々しいスタイルの新日本フィルハーモニー交響楽団は、感覚的なプログラム選定と拠点ホールを持つことで育っていったケースだ。今月29日午後8時、ソウル芸術の殿堂コンサートホールの舞台に立つ新日本フィルハーモニー交響楽団は、2010年にインゴ・メッツマッハーを音楽監督に、ダニエル・ハーディングを音楽パートナーに迎え入れながら、日本管弦楽ファンの耳を引きつけている。特に、ルネサンス、バロック、古典派など過去の音楽をその時代の楽器や演奏法で演奏する「古楽」専門家であるフランス・ブリュッヘンにハイドンの主要な交響曲セットを任せ、久石譲に映画音楽演奏を任せるという卓越した感覚を見せた。このような方法で躍動感あふれる交響楽団のイメージを築いてきた。

  そのうえ音響が卓越し楽団がいつも練習できる「すみだトリフォニーホール」は、団員の演奏力を確実に向上させた。ソウル市立交響楽団が専用コンサートホールを持たずにさまざまな演奏ホールを転々としていることと比較される。このホール以外にも、東京交響楽団が「ミューザ川崎シンフォニーホール」を、札幌交響楽団が「札幌コンサートホール Kitara」など独立した演奏ホールを拠点としている。

  ソウル大西洋音楽研究所のイ・ジャンジク特任研究員は「来韓する2つの日本オーケストラは跳躍期に入った韓国の交響楽団が今後心して研究して目を向けているべきスタディケース」と話した。         

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「自国オーケストラを愛する管弦楽ファンが日本クラシックの底力というわけだ。」
 なるほど、僕なんかは典型的なタイプですね(笑)この記事自体はN響が韓国公演を行うタイミングで書かれたもので、色々と政治的な面で問題を抱える中に来韓して演奏を披露する楽団への敬意と公演の成功を企図したもので、いくらかヨイショの部分はあるのでしょうが、韓国から日本のクラシック音楽市場を客観的に鋭く概観・分析した内容に、興味深いものを感じます。

 岡山フィル(記事中の日本オーケストラ連盟に加入するプロ32楽団には残念ながら入っていませんが・・・)の首席指揮者に就任したシェレンベルガー氏は、その就任時に「日本は欧州に比べると若い聴衆が多く、期待が持てる」と仰っていて、正直、「えっ!」という感じだったんですが、総数としてはやはり50~60代以上の聴衆が多数を占めるものの、先月・今月と岡山や京都・大阪足を運んだ演奏会で冷静に観察すると、30代ぐらいの特に女性の聴衆が着実に増加しているかもしれません。

 ここ数年、大阪のオーケストラが直面している危機(あれは人災という気もしますが)や、世界的なレコード会社の倒産やレーベルの消滅、国内CD販売店の閉店などの急激な変化を見てきた自分としては、悲観的なシナリオしか見えていなかったんですが、こういうポジティブなニュースを見ると、例えばNAXOSミュージックライブラリーの登場と隆盛、大阪の惨状を横目にしたたかに飛躍を遂げた京響、広響の急激なレベルアップ、そして岡山フィルのポストにまさかのシェレンベルガー氏の就任、と、ポジティブなニュースも少なくなかったんですね。

 クラシックから話はそれますが、Jポップ市場もCDの売り上げは半減したのに対し、複数のアーティストが共演する「フェス」形式などのライブの動員が爆発的に増加しているようで、自分の周囲でもこの季節になると、どこどこのフェスに行ってきたという話題で盛り上がっています。こちらも負けじと、大阪クラシックの話題なんかを振ってみると「へぇ~、クラシックって家で高価なオーディオに向かって聴くもんやと思ってたけど、こんな面白そうなイベントもあるねんな」と、意外に良好な反応も帰ってきますし。
 音楽を「消費する」時代から生で「感じる」時代へシフトしているのかもしれません。


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久しぶりの京響 [クラシック雑感]

京響、凄いです!木管金管は完璧で、弦のサウンドも以前よりもボリュームが増してモーツァルトではピリオド奏法も難なくやってのける。ジェームス・ジャッドも繊細に緻密に作り込むけれど、それにこだわり過ぎず、流れ重視で京響との相性もよさそう。素晴らしいエニグマでした。
バラーティはいいおじさんになってたけど、ますます腕に磨きがかかって、惚れ惚れします。
まあ記事に起こします。

チケット買い忘れ [クラシック雑感]

 土日の山場を越え、今日は代休を取り、私のストレス解消法の一つである(笑)コンサートの出撃予定を組み直しています。
 すると、2月20日に一般発売になっていた、スイス・ロマンド管弦楽団倉敷公演のチケットを買い忘れていることに気づきました。
 今日、慌てて購入。まだC席(5000円)が残っていたので安堵(笑)

 それから、岡山フィルのHPをチェック。6月の第44回定期演奏会のチケット代が異常に安い!S席:3000円、A席:2000円、B席:1000円はお値打ちだと思います。しかも宮田大さんまで登場するというのですから。

 以前のエントリーでも触れましたが、指揮者の十束尚宏さんを名前に久しぶりに拝見しました。90年代には、斉藤=小澤ラインの有力な後継者として、国内各オーケストラから引っ張りだこの指揮者だった印象があります。実際、wikipedia情報ですが広響音楽監督、群響正指揮者、東京シティ・フィル常任指揮者のポストも持っておられたようです。タイプは違いますが、今ご活躍の指揮者でいえば、下野竜也さんや飯森範親さんのような活躍ぶりといえば分かりやすいでしょうか。

 ここ10年ぐらい、西日本のオーケストラ公演では見かけなくなっていたのですが、今はウィーンの方に住まわれているとのことです。
 (コンサートに行ければ)十束さんの指揮を生演奏で聴くのは私ははじめてになりそうですが、かなり期待していいのではないかと思います。ソロの宮田大さんにも期待ですしね。

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とりあえず思うこと [クラシック雑感]

 検索に引っかかりたくないので、あえて固有名詞を書くことは避けますが・・・

 オーケストラの音がホールに鳴り響く時、それがどんな曲であっても、神々しいまでに光り輝く瞬間っていうものが、確かにあるのです。

 その音楽の背景にどんな物語が提示されようが、どんな欺瞞が仕組まれていようが、オーケストラの音が神々しく鳴り響き、それを聴いた人間が心を動かされる瞬間に、ニセモノな瞬間は無い、と信じたいのです。
 

 例の曲のコンサートは先週、岡山でもあったようです(それが現時点での「最終公演」になってしまった)。自分としては生演奏で一度聴いてみたい、という気持ちを持っていましたが、一つの曲を指揮者やオーケストラをとっかえひっかえながら演奏して全国をドサ回りする、というやり方が個人的にはあまり感心しなかったため、チケットは買いませんでした。国内のオーケストラの主催公演(定期演奏会など)で取り上げられるようになったら、聴いてみたいとは思っていたのです。その機会は、もう来ることはなさそうな気がします(長い時間の淘汰を経て生き残る曲であれば、死ぬ前に一度ぐらいはあるかもしれません)。。。
 ともあれ、これで楽曲自体にごてごてと纏わされたストーリーや標題性が取り払われて、純粋な音楽として聴けるのかもしれません。
 余談ですが、「今からCDって買えるのかな?」と思ってアマゾンを見ると、めっちゃ値段が上がっていますね・・・。まだまだあの楽曲に纏わされた余計なものが取り払われるには時間がかかりそう。

 作曲者とされていた方については、かねてから色々思うことはありましたが、「答え」が出た今から言っても仕方がないですし、それこそ鬼の首を取ったようにバッシングする側に回る行為は、(私の基準では)音楽ファンとして取るべき行為ではないと思います。

 日常の様々なことに疲れきったり、思うようにならないことばかりだったり・・・そんな時の心の支えになる音楽がある。この曲がもし自分にとって、そんな存在だったなら、そのショックは計り知れなかったでしょうね。。。その意味で、例の(自称?)作曲者の方の罪は限りなく重いとは思います。


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器楽奏者出身の指揮者のこと [クラシック雑感]

 昨日、『音楽の友』を買いに行こうと丸善へ行ったのですが、なんと置いていない!その足で紀伊国屋書店まで足を伸ばしても置いていませんでした・・・

 丸善はジュンク堂傘下に入ってからレイアウトが変更になってるんですが、同じ種類の雑誌を何列もディスプレイしている割には、欲しい雑誌がなかなか置いていない・・・、以前はこんなことは無かったんですが。
 ・・・っていうか、コンサートホールの入っているビル(ついでに言うと、県下で一番大きいヤマハ音楽教室が入っているビルでもある)の書店が『音楽の友』を置いてないって、そんなんアリ?っていう感じです。 

  閑話休題

 今回は、器楽奏者として一流を極めた音楽家が指揮者を務める、という話題について。
 シェレンベルガーやデュメイ、最近ではホルンのバボラークなど、奏者として超一流に成功した音楽家が指揮者としても活躍するということが一般的になってきています。

 日本においてはクラシック音楽文化の歴史が浅く、その歴史はほぼ20世紀の大指揮者時代と重なってしまいます。それゆえ、皮肉なことに器楽奏者としての名声が高い方ほど、指揮活動を行うと若干ビミョーな反応になってしまうことが多い気がします。
 特に音楽雑誌での評論などを見ていると、奏者から『転向』した指揮者というのは厳しい目で見られていることが多いように思う。しかしその一方で、関西フィルのデュメイのように、評価が高い奏者出身の指揮者も居ますが・・・

 岡山フィルとシェレンベルガー氏の情報を集めているときに、面白い記事にあたりました。

 大阪のフェニックスホールが2009年3月にシェレンベルガー氏に行ったインタビュー記事です。

 一般のクラシック・ファンにとっては、シェレンベルガーもやはり超一流のオーボエ奏者というイメージが強く、『指揮者』という印象は、正直まだ薄いかもしれません。

 しかし、去年の岡山フィルの定期演奏会で見せた見事な音楽づくりからは、器楽奏者から「転向」して指揮活動をされている、という枠組みの中では到底考えられない、素晴らしい世界を感じ取れました。岡山の聴衆の反応を見ても、歓迎ムードで受け入れられている感じがします。私はもちろん大歓迎、それどころかシェレンベルガー首席指揮者体制を熱烈に支持しています。

 この記事によると、シェレンベルガー氏は17歳の時にアメリカの有名な教育プログラムの指揮法クラスで学び、コンクールでも最優秀賞を取っているそうです。ミュンヘン国立音楽大学在学中も指揮法のレッスンをたびたび受けていたそうですし、自身のキャリアデザインの中に「指揮者」という選択肢は常に存在していたのだろうと推察されます。

 ケルン放送響やベルリン・フィルという超一流のオーケストラに所属しているときも、「自分はオーケストラの中だけで仕事をし続けるタイプではない」と考えていたそうで、だとすると首席オーボエ奏者という立場で一級の演奏活動を行いながら、ずっと『その先』を見つめながら研鑽していたということでしょう。

 指揮活動自体も1995年から行い、既に20年近いキャリアになるわけです。シェレンベルガー氏の中では、音楽家としてオーケストラ奏者・室内楽・オーボエ・ソロ、そして指揮者と、枠にとらわれずに様々なステージで活躍するイメージで、奏者から指揮者へ「転向」という意識も概念も無いと思います。

 去年の9~10月に岡山で見せてくれた夢のような活躍。オーケストラの指揮者、学校巡りなど精力的なアウトリーチ、世界一級の木管アンサンブルのコンサートツアー、そしてオーボエ奏者のマスタークラス・・・と、八面六臂の活躍に思えたことも、シェレンベルガー氏にとっては(まったく驚くべきことに!)すべて音楽家として自然な活動だったのかもしれません。

 関西フィルの音楽監督のオーギュスタン・デュメイのご活躍も同じだと思いますが、『奏者として』、『指揮者として』、あるいは『指導者として』、これらの活動に線を引いて考えてしまう我々の方が、頭が固いのかもしれません。思えば19世紀以前に活躍した音楽家は奏者であり指揮者であり、また作曲家でもあった。

 20世紀の指揮者専業の大巨匠の時代は既に過ぎ去り(歴史的に見ればこういう時代の方が特殊だったのかも・・・)、音楽家として培った才能をいろんな分野で発揮する、新しい時代に入っているのだろうと思います。

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大フィルとザ・シンフォニーホールの新企画『ソワレ・シンフォニー』 [クラシック雑感]

 昨日、ザ・シンフォニーホールの会報誌『シンフォニア』が届きましたが、なかでもホールと大フィルの新企画『ソワレ・シンフォニー』に目が留まりました。

◎開演時間は7:30pm
◎演奏時間は1時間
◎均一指定席3,500円

 という企画のようです。

 高関健指揮でマーラー1番、尾高忠明指揮でエルガー1番、外山雄三指揮でチャイコフスキー1番、大山平一郎指揮でブラームスの1番・・・・と、1番ぞろえのなかなか魅力的なプログラムです。

 開演時間の繰り下げは、以前からネット上で意見が出ていたことで、そういった声にも耳を傾けた結果なのかな?と思いますし、そもそも、大フィルには大阪クラシックでの類似の興業の実績はあるわけで、結構勝算が高い企画なんじゃないでしょうか。何より、来年からはフェスティバルホールへ本拠地が移りますので、『シンフォニーホールで大フィルを聴きたい』という需要は結構あると思いますね。
 

 価格的には、ちょびっと高いかな?と思います。仕事帰りに居酒屋で2・3品つまみながら1杯ひっかけるぐらいなら・・・そのお金でコンサートに行く・・・的な値段だと、2,500円~3,000円ぐらいだったら、非常に魅力的だったのにな・・・と。

 ただ、プログラムはどれも一筋縄ではいかない曲だから練習日も当日ゲネ含めて2日程度必要だろうし、指揮者のギャラだって半分って訳にはいかないだろうし・・・(そのあたりは、顔ぶれを見ると『一肌脱いでやろう!』という人たちばかりなので、なんとかなっているのかも)、チケットを売るためのコストや広告宣伝費も丸々かかりそうです。1時間のコンサートだからと言っても費やされるコストはフルのコンサートと変わらないかも知れませんね。
 そのあたりの採算性を見極めると、3,500円という値段になって来るのかも。

 ともあれ、大フィルとザ・シンフォニーホールが引き続き良好な関係を続けている様子ですし、こういう企画が上手くいけば、フェスでの定期演奏会の集客にも跳ね返ってくるでしょうね。オーケストラ・ウォッチャー(笑)としては、注目して見守っていきたいと思います。


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