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シェレンベルガーから秋山和慶へ、新時代に突入する岡山フィル(その4:最終回) [岡山フィル]

 前回と今回は、2022年4月の秋山ミュージック・アドバイザー(以下、秋山MA)の就任後の岡山フィルについて予測してみたいと思う。予測の内容は独断と偏見によるものだが、秋山さんの広響や中部フィルでの実績や、秋山さんの回想録の記述などを根拠としている。


過去記事はこちら



シェレンベルガーから秋山和慶へ、新時代に突入する岡山フィル(その3)

 今回は秋山ミュージック・アドヴァイザー体制において、岡山フィルがどのような方向へ向かい、どのようなプログラムが取り上げるのかについて考えてみたい。

 ここでまず、秋山さん自身の人柄や考え方を知るために、回想録などからエピソードを集めてみよう。

○理想は「今日、指揮したのはだれだっけ?」
『今日は秋山がこんな風に振ってた』なんて言われるようじゃまだまだ、自分を消し、作曲家の世界をどれだけ高い純度で人々の心に届けることができるか。だから「今日、指揮したのはだれだっけ?」となるのが理想。

○音楽を利用して自分の名声を高めようとしてはならない
 斎藤秀雄からの教えであるこの言葉を自身の信念とする。だから、「有名楽団の指揮者に鳴り物入りで就任して、数年でさよならというのは、私は興味がありません」と断言する。岡山フィルの仕事を引き受けたのも、こうした秋山さんの信念によるものだろう。

○指揮者生活最高の思い出は5ルーブル銀貨
 広響のサンクト・ペテルブルグ公演の最終リハーサルの時に、楽屋裏の食堂のおばさんがつかつかやってきて、涙を滲ませながら「私はここで40年働いていて、この曲は何度も聞いたが、これほど胸を打たれたことはない」「私にできることはこれしか無いですが」と言って帝政ロシア時代の五ルーブル銀貨をくれた、それが50年の演奏活動の中で最高の思い出と語る。

○言葉をなるべく使わず指揮の動作で伝える
 オーケストラのリハーサルの際はなるべき言葉を使わず、指揮の動きで伝える。腕を振る速度、大きさ、手の表情などで、無尽蔵のニュアンスを伝えることができると断言する。秋山さんのタクトは、それ自体が芸術だ、という人も多い。

 次にオーケストラの体制整備について。秋山さんは、日本の若い奏者のレベルは年々高くなっており、世代交代すればオーケストラのレベルは上がる、との考えを持っている。広響を見ても、秋山さんの時代にも世代交代が進み、演奏レベルが飛躍的に上ったことは証明済。

 そこで筆者が注目しているのは前回エントリーで少し触れた、中部フィルで前代未聞の大改革だ。
 
 2013年に中部フィルのレベルアップのために、既存の楽団員の再オーディションを行って、10名の団員の契約の更新を見送った。
 プロのオーケストラに入るためには、当然、オーディションを経て入団している、その過去に合格したオーディションをチャラにして、やり直すというのは大変な軋轢を生んだことは想像に難くない。
 この改革は労使問題に発展し、日本音楽家ユニオンでも「争議重要問題」として取り上げられている。

 一方で「中部フィルだより15周年記念号」によると、この再オーディションを最終的に受け入れた背景には、あるアーティストとの共演で、「演奏上の不具合」についてそのアーティストが激怒し、以後の共演を断られるという事態に直面した事件があったようだ。
 また、地元紙の報道では(一次資料が有料のため見ることができず、二次資料での確認になるが)、「仲良しクラブから脱却しなければ」「甘えを捨て、改めてプロとしての覚悟が出来た」との当時の楽団員の声が取り上げられている。
 こうして見てみると、秋山さんが強権で改革を断行したのではなく、「このままじゃダメだ」という思いをもった楽団員と共有しての改革だったと言えるだろう。

 一聴衆として他のオーケストラの演奏も聴いてきた実感としては、岡山フィルの個々の奏者のレベルはそこまで深刻な状況とは思えないが、プロのオーケストラビルダーの秋山さんがどう判断するか?
 また、岡山フィルの公演数が激増し、例えば年間50公演を超えるようになれば、楽団員の入れ替わりはかなり起きると思う。公演数が激増し、また初めて演奏するプログラムを次々にこなしていく状況になれば、付いていけない人や、オーケストラ奏者よりも個々の演奏活動や教育活動にプライオリティーを置きたい奏者も出てくるだろう。逆に水を得た魚のように、オーケストラ奏者としてのレベルアップに遣り甲斐を感じる人も出てくる。
 そうした楽団員の入れ替わりの中で、岡山フィルの音をどう繋いで、レベルアップも図っていくのか?秋山さんとの5年の時間は飛躍の前の正念場になるだろう。

 次にオーケストラ・ウォッチャーとして妄想が広がるのは、秋山&岡フィルのプログラミングである。

 その2でも触れたとおり、秋山さんはバロックから現代音楽まで膨大なレパートリーを持っている。
 回想録には、「オーケストラは古い曲や同じ曲ばかり演奏していてはマンネリに陥る。どんな曲でもこなせるようにしなくてはいけない」と述べていることから、これまで岡山フィルでは採り上げられなかった楽曲が一気にプログラムに載るようになることは確実だ。

 それでは今後採り上げられそうな楽曲を大胆に予想してみよう。
 まず、前提条件として岡山フィルを日本オーケストラ連盟正会員レベルの楽団を目指すのであれば、定期演奏会は年に6回〜8回程度に増やしてレパトリーの拡大とレベルアップを成し遂げる必要があり、また、依頼公演をどんどん取ってくるためには、オーケストラ奏者が「本業」に出来るコアメンバーを固めて行く必要がある。そうなると予算的にもエキストラてんこ盛りとなる3管以上の編成を組めるのは年に1〜2回程度、2管編成で演奏可能な楽曲が中心となるだろう。

 秋山さんが特に取り上げるであろう楽曲を、独断と偏見でランク付けしてみよう。

AA(採用確率80%以上)
モーツァルト/28番以降の交響曲(2管)
シューベルト/交響曲第4番「悲劇的」、第5番、交響曲第8番「グレイト」(2管)
ベルリオーズ/幻想交響曲(変則2管)
フランク/交響曲(2管)
ブラームス/交響曲第2番(2管)
シューマン/交響曲第3番「ライン」、第1番「春」(2管)
ワーグナー/序曲、前奏曲(2管)
チャイコフスキー/交響曲第1番、第4番(2管)
シベリウス/交響曲第2番(2管)
ラフマニノフ/交響曲第2番(3管)
R.シュトラウス/ドン・ファン、死と変容(2管)
バルトーク/舞踏組曲(2管)
ストラヴィンスキー/バレエ組曲「火の鳥(1919版)」(2管)
三木稔/オペラ「ワカヒメ」組曲
 岡山フィルはシェレンベルガーがベートーヴェンとブラームスの交響曲全曲を演奏しており、秋山さんがその成果をどのように評価されるかだが、私はベートーヴェンは主要作品を再度採り上げつつも、ブラームスは再度の全曲演奏を行うかも知れない、と考えている。特に第2番については、秋山さんの思い入れも強く、オーケストラの実力を図るために、早期にプログラムに上げるのではないだろうか。
 十八番のチャイコフスキーの1番、シューマンの3番、シベリウスの2番、ラフマニノフの2番、コロナ禍による中止で飛んでしまった「火の鳥」かなりの確率で5年間の間に採り上げられるだろう。

A(採用確率60%以上)
ハイドン/ロンドンセット(2管)
シューマン/交響曲第2番(2管)
ブルックナー/交響曲第3番(2管+α)、第5番(2管+α)、第7番(2管+α)
マーラー/交響曲第4番(変則3管)、第5番(変則3管)、交響曲「大地の歌」(3管)
シベリウス/交響曲第1番(2管)
ラヴェル/ダフニスとクロエ第2組曲(3管)、スペイン狂詩曲(2管)、ラ・ヴァルス(変則2管)、クープランの墓(2管)
R.シュトラウス/交響詩「英雄の生涯」(3管)、ティル・オイレンシュピーゲルの愉快な悪戯(3管)
バルトーク/管弦楽のための協奏曲(3管)
エルガー/エニグマ変奏曲(変則2管)
ストラヴィンスキー/バレエ組曲「ペトルーシュカ(1947版)」(3管)ストラヴィンスキー/ディベルティメント
プロコフィエフ/交響曲第1番「古典」(2管)
武満徹、細川俊夫、など邦人作品
B(採用確率40%以上)
ブルックナー/第8番(3管)、第9番(3管)
マーラー/交響曲第9番(4管)
シベリウス/交響曲第5番(2管)、第6番(2管+α)
チャイコフスキー/マンフレッド交響曲(2管)
ヒンデミット/交響詩「画家マチス」(2管)
ニールセン/交響曲第4番「不滅」(3管)
ヤナーチェク/シンフォニエッタ(3管)
プーランク/シンフォニエッタ(2管)
プロコフィエフ/交響曲第5番(3管)、第7番「青春」(3管)
シェーンベルク/室内交響曲第1番(3管or1管)、
 上のA,Bで挙げた曲は、そのほとんどが岡山フィルでは採り上げたことがない曲ばかりだ。中には3管編成以上の大規模な編成を要する楽曲もあるが、オーケストラの演奏能力向上のために予算と相談しながら採り上げてくると思う。
 私はブログの感想で、「岡山フィルの演奏は、他の国内のオーケストラと比べても遜色がない」「コロナ禍で遠征が出来なくても、岡山フィルの演奏が聴ければ充分満足できる」と書いてきた。その感想に嘘はないが、かといって岡山フィルが「真のプロ・オーケストラ」か?と聞かれれば、現状では「まだまだ」と言わざるを得ない。真のプロ・オーケストラになるためには、ベートーヴェン、ブラームス、チャイコフスキーやドヴォルザークなどの重要作品を高水準で演奏できるだけでなく、A,Bで挙げたような曲を3日のリハーサルだけで完璧に仕上げて本番を成功させ、それが終わるとすぐさま初経験の曲を3日で仕上げて本番を成功させる、そんな繰り返しをこなせるタフさが必要だ。
 実は私は近年の岡山フィルの演奏水準の充実に比べて、音楽雑誌に演奏会表などが採り上げられることが少ないことに疑問を持ち、雑誌への意見投書などを行ったが、その際に思い知ったのは、狭いレパートリーの中でいい演奏するだけではプロ・オーケストラとして認められることは無いということだ。恐らく岡山フィルもその事を知った上で秋山さんを後任に選んだのだろうと思う。

C(可能性は殆どないが、秋山さんの指揮で聞きたい曲)
ヒンデミット/ウェーバーの主題による交響的変容(3管)
ウォルトン/管弦楽のためのパルティータ(2管)、交響曲第1番(2管)
バーンスタイン/交響曲第2番「不安の時代」(3管)
アダムス/室内交響曲(変則1管)、「中国のニクソン」より「主席は踊る」(2管)
バルトーク/弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽(弦・打)
プーランク/バレエ組曲「牝鹿」(3管)
ツェムリンスキー/叙情交響曲(3管)
ルトスワフスキ/管弦楽のための協奏曲(3管)、交響曲第1番
コリリアーノ/交響曲第1番(3管)、ハーメルンの笛吹き(3管)、レッド・ヴァイオリン(弦・打のみ)
 このCグループの楽曲は、もはや私の趣味の選曲である。しかし、秋山さんのレパートリーにあるこれらの曲を岡山フィルでも採り上げられるようになったとき、岡山フィルは「真のプロ・オーケストラ」になったと言えるだろう。
 そうなれば編成上の都合で採り上げることが難しい曲でも広響やセンチュリー響との合同演奏であれば可能性はあるかも知れない。現状では岡山フィルと広響やセンチュリー響とはレベルが違いすぎて、夢のような話だが、現実に秋山さんが芸術監督を務めている中部フィルはあの名古屋フィルとの合同演奏により、マーラーの交響曲第2番「復活」を演奏している。
 とまあ、色々妄想は広がったが、まずは楽団からの来季プログラムの公式発表を待ちたいと思う。

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伊閣蝶

4部作、非常に共感を以て感動しながら拝読しました。
特にこの最終章は格別で、秋山さんのお人柄にも言及され読みごたえがありました。
秋山さんは、斎藤秀雄さんのもとで7年間修業したそうですが、斎藤さんの評価も非常に高かったと聞きます。
斎藤さんは、進歩というのは止まらなことで、徐々に徐々にでもいいから進歩していく人が偉くなり何事かを成し遂げる、といった意味のことを話しておられましたが、何だかある意味で秋山さんのことを仰っているようにも思いました。
それにしても、プロのオケの団員は本当に厳しい世界だと思います。それでもきっと、音楽という世界、演奏というものを、心の底から愛しておられるのでしょう。だから、厳しい中でも頑張っていくことができる。
私たちは、そうしたアーティストがおればこそ、素晴らしい演奏を堪能できるということなのでしょうね。
感謝しなければと、改めて痛感しました。
by 伊閣蝶 (2021-11-04 12:05) 

ヒロノミン

>伊閣蝶さん
 秋山さんについてご著書を読んだり、調べたりしているうちに、改めてその信念や人柄に惹かれると同時に、音楽に対しては全く妥協を許さず、特にプロの音楽家に対する要求は厳しい方だということがよく解りました。
 秋山さんを迎える岡山フィルのメンバーも、そのことは覚悟の上、益々の発展を期待しています。
by ヒロノミン (2021-11-06 15:04) 

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