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岡山フィル ベートーヴェン「第九」演奏会2017 [コンサート感想]

ベートーヴェン「第九」演奏会 2017


ベートーヴェン/「エグモント」序曲
  〃    /交響曲第9番ニ短調「合唱付き」


指揮:ハンスイェルク・シェレンベルガー

管弦楽:岡山フィルハーモニック管弦楽団

首席コンサートマスター:高畑壮平


ソプラノ:浜田理恵

メゾソプラノ:福原寿美枝

テノール:松本薫平

バス:片桐直樹

合唱:岡山第九を歌う市民の会

合唱指揮:渡辺修身
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 今回のチラシ、デザイン(特にレイアウト)がめちゃめちゃカッコいい、ですよねぇ。


 予約時にいつもの特等席がすでに埋まっていたので、左サイドバルコニーの席に座ってみたら、これが大正解だった。シェレンベルガーとタクトと、それに反応するオーケストラのコンタクトが手に取るようにわかる。ファースト・ヴァイオリンも誰がどの音を出しているのか、弱音部は特によくわかる。たまには違う席に座ってみるもんです。でも、よくよく考えたら大阪のザ・シンフォニーホールや京都コンサートホールでは、ほとんどこの位置で聴いているんですよね。


 シェレンベルガーが岡フィルの第九を振るのはこれで2回目、しかし、前回はこれまでの『第九』で積み上げてきたもののうち、いい部分を研ぎ澄ます一方で、リズムや音のフレージングに大きく手を入れ「作為的な劇的さ」を極限まで削ぎ落とし、シェレンベルガーが本場で演奏し作り上げてきたベートーヴェンの最終交響曲そのものが持つドラマを、岡山に移植する挑戦的な演奏だった。そのため、大きな感銘を受けると同時に、オーケストラも合唱も十分に咀嚼しきれていない部分があったことも事実。


 今回は、特にオーケストラ演奏において前回粗削りで突破していった部分も、細部にまで念入りに作り込まれたものだった。


 編成は12型2管。下手(しもて)から1stVnが12→2ndVnが10→Vaが8→Vcが6で、上手(かみて)奥にコントラバスが6本。トランペットとトロンボーン、ティンパニが上手、その他パーカッションとホルンが下手に分かれて配置。合唱団は総勢150人。男女比率は1:2といったところか。


 1曲目のエグモント序曲から、鳴りっぷりの良い弦楽器の音が聴かれたが、前回から就任した首席コンマスの高畑さんによる効果か、響きが本当に柔らかくなった。次回あたりから首席奏者の試用期間がはじまりそうなので、他のオケからの客演首席奏者陣の助けを借りるのは最後になるだろう(※訂正 首席奏者の試用期間は3月定期からで採用の場合は来年7月から契約開始のようです)。しかし、見ている方のメンタル的な効果もあるだろうが、高畑さんを中心に「岡山フィル」の核がしっかりとあり、客演首席も含めて、シェレンベルガー&岡山フィルの理想の音を目指して、まとまっている印象を受ける。


 第九は、合唱団は第1楽章から入場し出番が来る手前で一斉に起立。声楽の4名は第3楽章から入場し待機。これも出番の手前で規律するという流れ。


 前回は、これまでの第九演奏の溜まった「澱」をそぎ落とそうとする、シェレンベルガーのタクトに、まるで始めて演奏するような緊張感に、見ている方もハラハラドキドキの演奏だったことを覚えているが、今回は安心して聴いていられた。しかし、演奏そのものはエキサイティング、かつ一瞬も聞き逃せないものだった。なんとなく流れる瞬間というものが無く、シェレンベルガーも切れ味の鋭いアーティキュレーションと、ダイナミクスの微調整による豊かな表情付けを要求。微に入り細に入り作り込まれた演奏になった。

 印象に残ったのは、第1楽章の第1主題では嵐の中の大伽藍とでもいうべき、巨大な世界がいきなり姿を現す。それに対し、安らぎを感じる第2主題では各フレーズがパースペクティブに整理され、その両者がまるで視界の見えない嵐の中と、雲が晴れて何か広い場所に出たような感覚になり、そこで確かに付点音符で偽装された第4楽章の「歓喜の歌」の主題がエコーする。シェレンベルガーのタクトと、今の岡山フィルの手に係れば、混沌としたこの楽章が、実は単なるカオスではなく、フーガの構造が整理されて、この世界のすべてが法則性を持っていることが示されるようだ。

 第2楽章は前回よりもいっそうテンポが速い!2階バルコニー席から覗き込むように見ていると、単純な繰り返しのようでいて、本当に難しい曲であることがわかる(特に中間部の管楽器泣かせっぷりのハンパ無さ!)。日本のオーケストラが陥りがちな「ズンチャズンチャ」のリズムではなく、ドイツ語圏のオーケストラのディクションを聴いているようだ。中間部の木管・ホルンの奏でる音からも、「歓喜の歌」のエコーが聴こえてくる。


 第3楽章は、近年の岡山フィルの代名詞となった、温かい弦のハーモニーを存分に堪能した。ベーレンライター版の第九は聴き慣れているはずが、シェレンベルガーはかなり速いテンポで小気味よく夢のような安寧な世界を描いてゆく。それは老人が走馬灯のように自らの人生を振り返る時間のようでもあり、青春真っただ中の青年が何かに夢中になっているさまを表しているようでもある。どちらにしても切ないまでの美しさが疾走するフレーズの中で息づいている。


 第3楽章から第4楽章はアタッカ気味に続く。今日の演奏を聴いてみると、個々の場面では、これまでの3楽章の主題を決して否定しているわけではなく、それまでの時間が「歓喜の歌」が生まれるための苗代の時間であった、そんな解釈だったように思う。

 バスが「おお友よ、このような調べではない。もっと快いものを歌おうではないか!」のところは、第1楽章から第3楽章までの否定ではなく、「もっとシンプルに、単純に感じよう」と諭しているのではないかと思うのだ。そして、隣人と友達になれさえすればよい、そのことに気付いた時点で勝ったようなもの、に繋がっていく。これって、親鸞聖人の「ただ念仏を唱えよ」と意味するところは同じなんじゃないかと思う。

 なぜこんなことを感じられたか?それは、この第4楽章の演奏が本当に心に染み入る演奏だったからだ。色々な人生を背負った人々が、ひとところに集まって、奏でるもの・歌うもの・聴くもの、その触媒として音楽が存在する。この日の演奏はオーケストラ、合唱、聴衆が三位一体となった演奏だったように思う。僕が岡山フィルの第九(時々、聴きに行くのをさぼっていますが)の中で、3指に入る演奏だったと思う。技術的な細かいところはわからないけれど、音程などは気になったところは皆無だったし、声に伸びがあり「人間の声ってこんなにカラフルなんだ」と感じた。舞台に乗っている方々の顔ぶれを見ると、年配の方から大学生風の方まで、バラエティに富んでいる。
 2年前にプロの合唱団を擁した読響の第九(大阪公演)を聴いた。そのとき、あまりの合唱の上手さに驚いて、本当に腰が抜けそうになった。しかし、あのプロの合唱は訓練された色彩の豊かさはあったが、天然色のカラフルさは無かったし、一人一人の個性的な声が折り重なった時に出る暖かいボリューム感は無かった。
 
 加えて、声楽の4名が素晴らしかった!関西二期会のスターたちがずらりと並んだキャストを見た時に、すでに名前で圧倒されていたのだけれど(笑)実際の演奏もやはり素晴らしかった。関西のプロオーケストラ主催の第九の歌手キャストと比べても、この岡山の第九、まったく見劣りしないメンバー。
 片桐さんのバスの冒頭を聴いただけで「おおうっ!」ののけぞりそうになる声量と声の質感。薫平さんのクリアな声、福原さんと浜田さんの二重奏は天女の舞のようだったし、特に浜田さんのハイトーンはヴィヴラートに頼らないピュアな音が心地よかった。
 
 合唱に参加された方のブログを拝見すると、舞台の上でも手ごたえを感じられていたようだ。そして、合唱の力演がオーケストラの演奏とも相乗効果が生み出された、とも。客席で聴いた自分と、舞台上の演奏者が同じように感じられていたことがわかって、うれしい気持ちになった。
 
 この曲の感動ポイントは無数にあるのだけれど、「神の前に!」のところとその後の大休止、残響豊富な岡山シンフォニーホールで毎回この部分を聴くと「教会に居るみたいだ」と思う。その後のトルコ行進曲調から有名な「歓喜の歌」に向かう部分も、何度聞いても感動的だ!今や、あの超大国のAHOな大統領が、ドAHOな政治決定をした直後だけに、ことさら今年の第九ではこの部分を聴くと、シラーやベートーヴェンの思いと歴史観に感銘を受ける。
 
 「わが抱擁を受けよ、何百万もの人々よ!」以降の部分も感動的だ(結局、どこを切り取っても感動的なのだが)。人数割合は少数の筈の男声から、力強い伸びのある合唱が聴こえ、女性の大きなものに包まれるような包容力のある声に心をゆだねる時間が愛おしい。私見ですが、お年を召めされた女声の歌唱には独特の魅力がある。特に、この中世の教会音楽の旋法で歌われる合唱の部分は本当に味わい深い。
 最後の「神々の輝きを!」のところは前回は快速テンポのまま突破していったが、今回はいったんテンポを落として、合唱が歌いきった後に一気に加速した。その前で高畑コンマスが「いくぞ~!」という感じで後ろを見渡したのが印象的。
 全体的には、前回同様の快速テンポで進める場面が多かったが、1度でも共演しているというのは大きなことのようで、オーケストラも合唱も、常に音楽の息づかい聞こえてくるような演奏。とはいえ、やはり大変な曲であるのは間違いなく、シェレンベルガーも定期演奏会でのベートーヴェンの他の交響曲よりも慎重にタクトを進めていたように思う。
 漏れ聞くところによると、来年は僕の岡山フィル第九鑑賞史上最高の演奏を聴かせてくれた、あの指揮者の再演のようで、今から楽しみです。


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南海 凡吉

更新されているのに今頃気がつきました。遅いコメントで、申し訳ありません。
過分のお褒めをいただき、恐縮しています。ただシェレンベルガーさんも手応えを感じられたようで、打ち上げ会の時、リップサービスもあるでしょうが、「こんなに感動できるのなら、毎年でも振りたい。」とおっしゃっていました。前回の時は、終演後不機嫌だったそうです。それが今回は舞台を去るとき女声(特にソプラノ)に向かって投げキッスですから、満足されていたのでしょう。前回も歌った団員が、感激していました。
ご来場いただき、また評を書いていただき、ありがとうございました。
by 南海 凡吉 (2017-12-17 23:51) 

ヒロノミン

>南海 凡吉さま
 コメントありがとうございます。
 前回のシェレンベルガーさんの第九も、それ以前に聴いてきた第九とは一線を画すもので、衝撃を受けました(指導者の方が、今までのなんとなく第九「節」になっていたところを徹底的に直された、と聞きました)が、1回共演することがこれほど大きなことなのか、と思うほどシェレンベルガーのイディオムがオーケストラにも合唱団にも徹底されていて、素晴らしい仕上がりになっていたと感じます。

>「こんなに感動できるのなら、毎年でも振りたい」
 ぜひ近いうちに振ってほしいですね。

 今年の岡山は本当に寒いです。どうかご自愛ください。
by ヒロノミン (2017-12-18 21:36) 

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