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「ところで、きょう指揮したのは?」秋山和慶回顧録 [読書(音楽本)]

 指揮者生活50周年を迎えられた秋山和慶さんの回顧録です。


 誰がどう読んでも波瀾万丈の秋山さんの半生、それを秋山さんらしい上品で優しい語り口で、淡々としながらも生き生きと語っておられます。あまりに淡々と語っておられるので、著者の冨沢さんがのフォローの文章を挟んでおられるのが印象的。
 秋山さんの古希を超えて尚、若手指揮者も真っ青になる様な鋭いタクトとリズム感。そしてそして、膨大なレパートリー。
 注目したのは、特に膨大なレパートリーを生み出す原因となったのは、常に経営危機状態にあった東京交響楽団との関わりの副産物だった、ということ。

 薄氷を踏むようなギリギリの経営をしていた東響は、運営母体のしっかりしている楽団の連中(N響と読売日響、都響のことでしょう)から、ゴミあさりオケ=なんでも仕事を引き受けて、馬車馬のように演奏会をこなしてギャラを稼ぐ=と侮蔑をもって呼ばれていたとのこと(ひどい言われようやなあ・・)。事実、スポンサーの要望でどんなプログラムでもこなした。
 依頼があったら何でも引き受けているうちに『私のレパートリーは広がり、楽譜を読む力が付いた』というのが真実のようなのです。
 これはちょっと戦慄が走る様なエピソードです。
 そして絶妙のリズム感。先日のシベリウスの3番・5番の演奏でもこの強烈なシンコペーションのリズムに、「これはセンスあふれる若手指揮者でも敵わないのではないか?」と思った、その抜群のリズム感は、バンクーヴァー時代にバンクーヴァー響のポップスシリーズで会得していったのではないかと思います。共演したアーティストはデューク・エリントン、デイヴ・ブルーベック、スタン・ゲッツ、ハーヴィー・マンら錚々たるメンバー。耳の肥えたカナダの聴衆を相手に彼らと共演し、絶賛を博した。この本場仕込みの経験が秋山さんのリズム感を形作っている。
 秋山さんは現在でもバンクーヴァーに居を構え、バンクーヴァー響との関係も継続していて、定期演奏会にも毎年招聘されているようです。
 
 他にも、今では押しも押されぬマエストロとなった方々との青春時代の回想も魅力的です。飯守泰次郎さんとは、本当にずっと一緒に学んでいらっしゃったようですね。
 この本の帯には「秋山さんは、斉藤先生の一番理想的な弟子」という言葉を寄せている小澤さんとのエピソードも語られています。
 正直、外野で観客として見ている者からすると、例えば、サイトウ・キネン・フェスティバルの共同発起人(でしたっけ?)的なお立場にありながら、今やその音楽祭はセイジ・オザワの名を冠した音楽祭に変貌してしまっていることに釈然としない思いを持ってしまうのですが、そういった記載はもちろん一切なく、小澤さんについては常に先を行って道を作った先輩、同志としての惜しみない敬意しか文面からは伝わってきません。
 全編を貫いていて、秋山さんの音楽や立ち居振る舞いを貫いているのは、斉藤秀夫の教え

 『音楽で名声を得ようとしてはならない』

 この言葉が、秋山さんの生きざまのすべてだと感じます。
 表題の「ところで、きょう指揮したのは?」というのは、秋山さんの理想のコンサートを表しているとのこと。
 あるオーケストラのコンサートに行って、素晴らしい演奏を聴いたお客さんが、あれが良かったここが良かった、とアフターコンサートの会話を楽しむ。
 で、「ところで、きょう指揮したのは?」「誰だっけ?」
 指揮者の存在というのはこういう感じで丁度良い、ということのようです。音楽そのもの、そして演奏者が称えられるコンサート。いかにも秋山さんらしいと思います。

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じゃく3

素晴らしい理想のコンサート観ですね。感銘を受けました。
「俺が俺が」の正反対で、音楽に奉仕する姿勢、これが一番大事な土台だと思います。

話がずれるかもしれませんが、かつてバーンスタインが、素晴らしいマーラーを自分で指揮して演奏した後で、「今日は素晴らしいマーラーを聴くことができた」と言ったことを思い出しました。
by じゃく3 (2016-02-18 16:00) 

ヒロノミンV

>じゃく3さん
 ご無沙汰しています。コメント感謝です。
 思えば、大フィルの演奏を初めてフェスティバルホールでの定期演奏会で聴いたのが秋山さんの指揮によるシェエラザードでした。僕が『大フィルサウンド』に夢中になったきっかけになるコンサートでしたが、秋山さんの指揮だったことを半分忘れかけていたのを思い出したのです。秋山さんの思い通りの印象だった、ということになりますね(笑)
 バーンスタインのエピソードも、いかにもレニーらしくていいですね。僕も音楽への献身と、音楽への愛を持っている指揮者が好きですね。
by ヒロノミンV (2016-02-18 22:54) 

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